【3月22日 AFP】カナダでも指折りのフランス料理人、マルタン・ピカール(Martin Picard)氏は毎年3か月間、ケベック(Quebec)州モントリオール(Montreal)にある自分の店「オ・ピエ・ドゥ・コション(Au Pied de Cochon)」を離れ、郊外の製糖所で地元名産の味覚の研究に精を出す。

 それは、メープルシロップだ。

 ひげ面に木こり風の上着を着たピカール氏は、ぬかるんだ雪道をトラクターに乗り、市街から西に約60キロ離れた森の奥深くにある山小屋へ向かう。甘くとろみのあるカナダ名物、メープルシロップを使ったレシピを考案するためだ。「世界中どこでも、メープルシロップと言えば思い浮かべるのはパンケーキ。メープルシロップの可能性が十分発揮されていない。そこで私たちは、これを徹底的に研究して、メープルシロップに関する本を出すことにしたのです」

 料理界の神童と称えられるピカール氏は、かつて「ニューフランス」と呼ばれたケベックの伝統的なレシピを新しいアイデアの数々と融合させている。メープルシロップの実験室たるこの郊外のキッチンは、2009年に顧客へも開放した。以来、ケベック中はもとより近隣の州や米国からも国境を越えて、食通たちが集まってくる。

 ピカール氏はこれまで、ジビエ(野生の鳥獣肉)からブタ、貝や甲殻類まで幅広い素材を使い、この甘い森のフレーバーで数々のエキゾチックなメニューを彩ってきた。ピカール氏の料理本にはメープルシロップの章があり、ミートパイから子牛のカレー、野うさぎ料理、レンズ豆のシチューからマシュマロまで、約100のレシピが紹介されている。さらに飽き足らないという向きには、メープルシロップを使った「ビーバーテール」(ビーバーのしっぽ、という名のスイーツ)や「リス寿司」の作り方まで載っている。

■「後世に道筋を残す」

 ピカール氏は、「この素材(メープルシロップ)を使って試行錯誤することに興味がある。私たちが作ってきた伝統的なフランス料理では、例えばグラニュー糖を単にメープルシロップに置き換えただけでは、うまくいかない」と語る。シロップと砂糖では全く組成が違うからだ。

 新鮮なシロップには2~3%の転化糖が含まれる。より甘みが強くしっとり感があり、結晶化しにくく、パン作りで好まれる糖だ。シロップが熟成すると転化糖の含有度は20%にも上がる。「メープルシロップを使うと、料理に大きなインパクトが加わる」。たとえばピカール氏特製「カモのシロップ詰め」だ。「メープルの味は感じないが、フォワグラの味を最高に引き出す」

 カエデの木の幹に突き刺して樹液を集める「スパイル」と呼ばれる採取口を、毎年ピカール氏は4万本ほど取り付ける。地道な採取方法だが、これでシュガーシャック(砂糖小屋)と呼ばれる製糖所での3か月間と、残りの期間にモントリオールのレストランで使うシロップ1年分が十分に集まり、さらに新レシピのテスト用に何百リットルもが余る。

 毎年2月下旬~5月初旬まで解放されている山小屋を訪れるには、何か月も前に予約が必要だ。2012年は予約開始初日の12月1日からわずか数時間で1万3000件が埋まり、既に空きはない。

「後世に道筋を残そうとしているんだ。メープルシロップで何か他のことをしたいと考える人が現れたとき、彼らにとってはすでに出発点があるように」と語るピカール氏のメープルシロップに続く挑戦は、ブタだ。この山小屋でデュロック種とタムワース種を冬でも放し飼いで育てている。冬のカナダの寒さが肉にどんな変化をもたらすのか発見したいと思っているという。(c)AFP/Geraldine Woessner