【5月30日 AFP】体重5キロ、髪の毛をていねいに櫛でとかされ目を閉じた「アビー」は、すやすや眠る赤ちゃんそのものに見えるが、実は人形だ。

 「アビー」を300ドルで英国メーカーから買った米国人のイブ・へースティさん(57)は、白血病のため7歳で亡くした娘の赤ん坊の頃を思い出すと語る。へースティさんには30代の息子がいて、8歳の孫娘もいる。けれど、娘が亡くなって30年もが経過した2009年に「アビー」を手にし、やっと慰めを見出した。

 「アビー」のために、たんすいっぱいに洋服を揃えた。30年前には高すぎて娘に買ってやれなかったナイキの子ども用ジャージーも買った。「娘が生まれた時は予算に限りがあったけれど、今ならば私もお金をたくさん使える。3つ子ができたような気分で買い物しています。心が癒されるんです」

 へースティさんの例は特別ではない。「アビー」を制作した英国人デザイナー、ニッキー・ハン(Nikki Hunn)さん(35)によると、人形の購入者の大半はアート作品の収集家だ。けれども最近、子どもを失った母親たちが「生まれ変わったわが子」として注文する例が、米国を皮切りに英国、オーストラリアへと広がっている。

■どこまでも「リアル」な赤ちゃん人形

 この静かなブームに応えて2005年、「最新の」工芸技術で本物の赤ちゃんそっくりな人形を制作するアーティスト集団「国際リボーン・ドール・アーティスツ(International Reborn Doll Artists)」が結成された。生き写しドールの全てがオーダーメイドなわけではない。現在では競売サイト「イーベイ(eBay)」などに、さまざまな人種の人形が800ドル(約6万5000円)程度~3000ドル(約24万円)前後で何百点も出品されている。

 人形作りは非常にきめ細かい。樹脂製の手足にはビーズを詰め、人間の赤ちゃんの手足らしい感触や重さを実現した。頬の色や目の腫れぼったさなども、生後まもない赤ちゃんそっくりに仕上げている。小さな指には爪がしっかり描きこまれ、頭髪には柔らかいモヘアを使い、口元は少々光らせてよだれまで再現している。文句のつけようがないほどのリアルさを目指しているのだ。

 ハンさんによると、人形を購入した母親たちの多くは、自宅で抱いたり、ベビーベッドやベビーカーに寝かせておくだけだが、中には外へ連れて出たり、休暇の際の外国旅行まで一緒に行く人もいるそうだ。

■人間ではないが、人形以上の存在

 こうした人間の子どもそっくりな人形について、心理学者の意見は分かれている。

 英ロンドン・メディカル・センター(London Medical Centre)で顧問心理士を務めるイングリッド・コリンズ(Ingrid Collins)医師は、赤ちゃん人形によって解決されることよりも、生じる問題の方が多いと指摘する。「子どもの死を悼むときには、どうするのでしょうか? もう一度、人形を葬るんですか? 人が何かを世話したいと自然に思うとき、たくさんの愛を持っているのにそれを与える子どもがいないとき、そうした愛を必要としている生者の魂はたくさんあるのです」

 一方、家族問題を専門とするサンドラ・ウィートリー(Sandra Wheatley)医師の見解は異なり、赤ちゃん人形が「子どもの死を悼む人を支える物理的なツールになる」と主張する。「(子どもを失ったという)認めたくない現実に、個々人のペースで徐々に慣れていくことができます。移行期を支える手段としてこうした人形を使うことは、その期間が長すぎない限り、健全なことです」

 へースティさんも、「アビー」が人形であることは十分承知している。「混乱はしていないわ。彼女が本物だとは思っていないから」

 けれど、こうも言う。「それでも、彼女は私にとってただの人形じゃない、それ以上なんです。彼女なら、死ぬかもしれないと心配しないでいい。病気になったり死んだりしないのだから。そういう苦悩を取り除いてくれるのよ」

(c)AFP/Beatrice Debut