【7月23日 AFP】外では雨が降っており、皇帝ジョージ2世(Emperor George II、43)はご機嫌ななめだ。彼はぶつぶつと文句を言ったかと思うと、邸宅の2階――つまりシドニー(Sydney)にある自分のアパート内の上の階――に引き上げた。

 皇帝が発する言葉からは、とても王たる風格は感じられない。しかし政府があり、国民がいる「帝国」をもち、自分の顔が印刷された紙幣まであるような人物は好きなように振る舞える。

 ジョージが君臨するのは、自称国家の「アトランティウム(Atlantium)帝国」。地形や人種に基づいた従来の国の概念をなくそうという野心的な帝国だ。

 アトランティウムのナショナルカラーは青・黄・オレンジ、紋章もあり、プロバンス・オブ・オーロラ(Province of Aurora)という首都まである――この首都とはその実、地方にある小さな土地で、ジョージとその「忠臣」たちが銅像やモニュメントを建てている。

■ミクロネーション、豪大陸各地に30か国

 本名をジョージ・クルクシャンク(George Cruickshank)という皇帝ジョージは「両親はね、わたしが15歳の時に『世の中のあり方が気に入らなければ、自分でどうにかしなさい』と言ったんだ」と語る。

「たぶん、政治の世界に入れとかそういうことを言いたかったんだろう。でも実際にわたしが始めたのは2人のいとこと一緒に、アトランティウム帝国を興すことだった」

 ジョージは奇抜な人物に見えるかもしれないが、オーストラリア国内で「自主国家」を建国したのは彼ひとりではない。オーストラリアには、さまざまな個性や目的、そして大きさの異なる「ミクロネーション」(極小国家の意)と呼ばれる国家が、30か国ほど存在する。

 例えば、ジョージのアパートからそう離れていない同じシドニー内には、土地開発に対する反対の結果生まれた芸術家のコミュニティ、「ワイ公国(Principality of Wy)」が存在する。また、シドニーから数時間の郊外には、土地をめぐるトラブルが原因で独立を宣言した国、「スネーク・ヒル(Snake Hill)」がある。

 ウェスタンオーストラリア州(Western Australia)の奥地では、ハット・リバー公国(Principality of Hutt River)が独立40周年を祝っている。

 さらには洋上、クイーンズランド州(Queensland)北東のコーラル・シー諸島(Coral Sea Islands)には、同性同士の結婚禁止に抗議するグループが建てた「ゲイ・アンド・レズビアン王国(Gay and Lesbian Kingdom)」もある。放置されていた気象観測所を「没収」して新王国の郵便局とし、独自のコインや切手を販売して「財政」の足しにしている。

 これらの国は、王1人だけのものから1つの家族からなる国、またアトランティウムのように政治的主張を掲げるものまでさまざまで、れっきとした国であるモナコより大きな領土を持つものすらある。

■多い社会への不満からの「国家独立」

 マッカリー大学(Macquarie University)のジュディー・ラッタス(Judy Lattas)博士は4月、このようなオーストラリアの自称国家の代表を集めた初のサミットを開催。シドニー郊外の会場に、50人ほどの参加者が集まった。

 ラッタス氏によると、1970年に建国されたハット・リバー公国が、ベンチャー精神あふれる建国の父レナード大公のおかげで自称国家のモデルとなり、その後続々と自称国家が増えたという。

 ラッタス氏は「社会に対し、はっきりとした不満がある人が作る場合がほとんどです。銀行や裁判所、役所などからひどい扱いを受け、やり場のない気持ちになるのです。彼らはそういうことを『自然権の侵害』だと感じる。不公平感を正確に言い表そうというときによく使われる言葉です」と語る。

 シドニー郊外の緑あふれる地域で、今や芸術家たちの聖域となったワイ公国のポール大公は、2004年まで何年にもわたって道路拡張をめぐって争っていた。「最後にはもう嫌になったんだ。行政は道路を引きまくってゴミを回収するだけ。もう独立しようと思って、実行した」と語る。

 かくしてポール大公とその家族は、今は紋章のついた冠とローブを身にまとい、詩の朗読会などをして過ごしている。現在はユニークな料理本の編集に取り掛かっている。シドニーで芸術学校を経営しているポール大公(本名:ポール・デルプラット氏)は「王国を名乗るのはおそれおおいと思ったから、公国にしたんだ」と語る。

 一方、ラジオの音楽番組プロデューサーでもあるジョージ2世がアパートから統治するアトランティウム帝国の国民は現在、110か国に住む1300人にまでふくれあがっている。「いつかはアトランティウムが正式に、世界の国家の仲間入りをすることが目標。その頃には、国家というものに対する考え方が、今とは変わっているかもしれないね」

 自称国家たるミクロネーションはオーストラリアのほかに英国、欧州、米国などにあり、このテーマでガイドブックを作成するのに十分なほどの数が存在する。しかし、わずか200年前までは流刑植民地で、他国から遠く離れたオーストラリア大陸では、特にミクロネーションの意義が受け入れられやすいようだ。

 ポール大公は、「自分の権利のために立ち上がることを愛するのが、真のオーストラリア精神だ」と語る。「何でもかんでも深刻にとらえたりはしないよ。でも、心の底には不平等に対して立ち上がりたいという思いがあるんだ」(c)AFP/Talek Harris