【5月5日 AFP】ドイツのマルチメディア・プロデューサー、オリバー・ラトケ(Oliver Radtke)さん(32)が、奇妙で素晴らしい中国英語「チングリッシュ(Chinglish)」に初めて遭遇したのは2000年、上海(Shanghai)でタクシーに乗ったときのことだった。そこには「Don't forget to carry your thing(あなたのモノを持っていくのを忘れないように)」と書かれていた。

 それから9年後、現在、北京(Beijing)在住のラトケさんは中国の特製英語が後々の世代まで引き継がれることを願い、「チングリッシュ」に関する2冊の著書を出版した。

「『チングリッシュ』は、単に英語が不自然とか間違っているといっただけのことじゃない」と話すラトケさんは、道路標識や食堂のメニュー、商店の看板などの中国英語に着目する。「『チングリッシュ』の道路標識には、中国ならではの概念が盛り込まれているんだ。これは英語を豊かにするし、英語に中国風の趣や思考が加えられることで、ある意味、英語の中国語化ともいえる」

 中国当局を含め、多くの中国人は「チングリッシュ」は恥ずべきもので、是が非でも追放せねばならないと考えている。だが、ラトケさんはこうした見方に異議を唱える。

 ラトケさんは、「ぼくが気に入っている標識なんだ」と著書に収められた写真の1枚を指さした。それは、公衆トイレに貼られた標識で、「You can enjoy the fresh air after finishing a civilised urinating(文明的に排尿を終えたら、新鮮な空気を楽しみましょう)」と書かれている。「欧米の公衆トイレでは、『排尿』といった用語は絶対に使われない。けれど、中国人にはそうした概念はないから、かなり直接的な表現をするのだろうね」

 ラトケさんは、中国英語は欧米人の固定概念に挑戦しているようだと感じる。「なぜ欧米では、ある種の言葉を用心深く回避するのか。なぜ、そうした慣習ができたのか。そして、公共の場である種の言葉を口にすると、なぜ非難されるのか」。そういったことを、考えさせられるのだという。

 著書を出版する以前の2005年、ラトケさんはまず「チングリッシュ」に関するブログを立ち上げ、2年後に『チングリッシュ:ファウンド・イン・トランスレーション(Chinglish: Found in Translation、翻訳のなかで見つけたチングリッシュ)』を出版。5万冊が売れた。そして、このほど続編が出版された。

 これらの著書に対し、当初、中国人の反応は反対意見がほとんどだったという。中国人らは、ラトケさんにばかにされたと感じたのだ。ラトケさんは、「中国で暮らす外国人が、中国社会のある現象について批評することは難しい。これは今でも興味深いテーマだ」と語る。

 しかし、徐々に中国の人びとも、「チングリッシュ」は英語を豊かにするとのラトケさんの信念を理解し始め、ラトケさんの努力を支持する人も増えている。

 絶対的な標準英語はただ1つという考えはもう古いと、ラトケさんは考えている。今や、英語は国際語となり、全世界で10億人が日常的に英語を話し、第2言語として英語を使用する人口も急増している時代なのだ。

 ラトケさんはいう。「言語とは、使われているうちに互いに影響しあうもの。ネイティブ・スピーカーが嫌がっても、そういうものだ」

 中国政府は、近年、文法や用法が間違った英語を公共の場から追放する活動を強化している。

 特に、前年8月の北京五輪前には、こうした気運が高まり、「Dongda Anus Hospital(中国名:東大肛門医院)」は「Dongda Proctology Hospital(同:東大直腸病医院)」に改名されている。

 ラトケさんは、しかし、こうした中国政府の活動が完全に成功を収めることはないと考え、「チングリッシュ」が主流から消えることはないと確信している。「中国の大都市で、公式の標識から『チングリッシュ』が消えていくのは仕方ない。でも、食堂や企業や個人商店では、新しいチングリッシュが生み出され続けていくだろう」(c)AFP/Peter Harmsen