【4月20日 AFP】タイの首都バンコク(Bangkok)の警察官Pichet Visetchote巡査は、交通警察の特別課に異動した時、違反切符を配ることなどが任務だと想像したが、まさか「助産係」を務めることになろうとはつゆとも思わなかった。

 Pichet巡査が先日取り上げた14人目の赤ちゃんは、タイ語で「朝」を意味するRungarunちゃんと名付けられた。この女の子は、病院へ向かう途中でバンコクの悪名高き交通渋滞に巻き込まれ、軽トラックの中で生を受けた。

■渋滞の中で立ち往生した人を助ける課

 Pichet巡査の所属する課の警官たちには、交通違反切符を発行する権限はない。しかし、渋滞で交通がストップしがちのバンコクで車が故障したり、立ち往生した車内で気分が悪くなったり、産気づいた女性が出たりすると、渋滞を縫うようにバイクで駆けつけて援助する。

 37歳のPichet巡査は「とても満足できる仕事。警官は法を行使するだけではない。わたしたちの任務は人々を助けることでもある」という。

「タイ王国交通警察プロジェクト」は、首都バンコクの交通警察にある6課のうちのひとつ。渋滞の中で立ち往生した人々を助けるために、1993年に設置された。以降、幅広い任務をこなすうち「助産」が得意分野のひとつになった。過去10年間で警官がお産を手伝った子どもは81人。渋滞の中、お産へ向かう車のためにスペースを開けようと交通整理を行ったケースは数百件に上る。

「助産経験」の数ではPichet巡査は部署内で2番目。1番多い巡査は18人だという。

 Pichet巡査はお産でトラブルに遭ったことはないが、今でも毎回緊張するという。最初に手伝った時は、助産トレーニングを終了してから2か月後だった。助産用道具箱の中の外科用手袋があまりにツルツルするので、乳児が手からすべってしまうのではないかとひやひやしたという。「ものすごく感動したけれど、その子の命が自分の手にかかっていた」。

 27歳のデパート店員Suranetr Jongnomklangさんはこの2月にタクシーに乗ったまま産気づいた際、警官がやって来るのが見えてほっとしたという。「痛かったからよくは覚えてないのだけれど、お産の手伝い方を分かっている警官がいてくれて、とても嬉しかった」と語る。

■白バイの救急箱にお産道具一式

 この部署の警官145人は3か月おきに数日間、民間や国営の病院で、医療訓練を受ける。その中で人形を使って助産もトレーニングする。全員の白バイには救急用の医療箱が備えられ、新生児をくるむためのブランケットや、へその緒を結ぶ道具、赤ちゃんの呼吸を補助するハンドポンプなどが入っている。

 バンコク市内の高速道路には毎日2人1組で5チームが、緊急電話のために待機。お産の場合、生まれた子どもが男の子か女の子かを周りの人たちが見ようとし、さらに渋滞が増すので、この5チーム以外の警官たちが交通整理にあたる。車の中で子どもが生まれると、その車のナンバーでくじにあたるという迷信があり、プレートナンバーを書き留めようとする野次馬も多いという。

 この交通警察プロジェクトは、王室から1100万タイバーツ(約3600万円)の補助金を受けている。この部署のAkekachai Pruchyawithirat部長は、罰金や逮捕といった任務ばかりでなく、警官が市民たちと良い関係を築くきっかけになっているという。

 また、この課の存在があるからといって、「電話1本の助産サービス」のようなつもりで連絡する市民はいないという。車の座席がお産に最適な場所だと思う人はいないからだ。

 すっかり助産経験を積んだPichet巡査だが、自分の子どもが生まれる時は「妻と医者におまかせする」つもりだ。(c)AFP/Elizabeth Gibson