【1月8日 AFP】4日入院し、容体悪化が伝えられるインドネシアのスハルト(Suharto)元大統領(86)。国外では非難の声が上がっているが、国内の政治エリートの間では恐れと自己保身、尊敬の念が入り交じり、同氏に対する風当たりはそれほど強くない。

 国内でのスハルト氏に対する尊敬は、多額の不正蓄財と政敵大量虐殺の首謀者とみなす国外での評価と対極にある。

■スハルト崇拝の背景にあるもの

 インドネシアの汚職監視団体の研究者Luki Djani氏によると、同国の政界で多くがスハルト氏をかばいたがるのは、彼らの立場もまたスハルト政権下で培われた汚職文化に依存しているためだという。

「スハルト氏を引きずりだせば、不正黙認(のシステム)を解体することになり、影響は雪だるま式に膨れ上がりかねない。理由は、端的に言ってインドネシアの政治がリベートで動いているためだ。政治エリートは自らを守るためにスハルト氏を守ろうとしている」(Djani氏)

 国内のスハルト氏に対し批判的な層の中ですら、その文化的背景から、同氏への尊敬の念は根強く残っている。「新体制」の下で昇格したエリート層の大部分では、特にその傾向が強いという。

 新体制下では陸軍司令官を務め、その後、反汚職を掲げて2004年に就任したスシロ・バンバン・ユドヨノ(Susilo Bambang Yudhoyono)大統領などは、「スハルト氏に恩義を感じており、インドネシアの文化ではかつての上司に刃向かうのは礼を失することになる」とDjani氏は言う。

 スハルト氏批判が高まらない背景には、ジャワ文化で伝統的に権威に対する尊敬が根強いこともあると、オーストラリアのディーキン大学(Deakin University)講師のダミアン・キングズベリー(Damien Kingsbury)氏は指摘し、これが権力者の不正黙認につながっていると話す。

 32年にわたるスハルト体制は1998年に転覆したが、キングズベリー氏によれば、スハルト氏は今でもインドネシア経済を発展に導き、共産主義の脅威を崩壊させた人物として評価され、権力のオーラを放っているという。

■腐敗撲滅は可能なのか? 

 同国の民主化と、ゆっくりと着実な歩みをみせる腐敗との戦いは、スハルト氏の遺産に対するはかない抵抗と言えるだろう。しかし、同氏の訴追で始まった本格的な腐敗撲滅を遂行しようとすれば、「インドネシア社会、少なくともエリート層はバラバラになるだろう」とキングズベリー氏はみる。

 腐敗摘発の動きは手ぬるいながらも進んでいるが、スハルト政権下で起きた殺害、拘束、行方不明事件に対する認識はそれ以上に甘いと話すのは、人権保護団体KontrasのHaris Azhar氏。

 同氏によると政治家は、かつて勢力を誇った軍部絡みの人権侵害事件を裁くことについて、軍の政治的役割が後退した今でも二の足を踏んでいる。

■50万人が殺害された共産党勢力弾圧事件は解明されるのか?

 スハルト政権最大の残虐行為は、1965年のクーデターに失敗した共産党勢力の50万人以上を殺害したことだが、今でもこの事件はほとんど無視されているという。

 政権がメディアと学校を使ってこのクーデーター未遂を非難していることに対し、意義を唱える声はほとんどない。これはほとんどの人が虐殺の事実を知らないか、肯定していることを意味するとAzhar氏は解説する。この事件の詳細をめぐっては、いまだに論議が絶えないのが現状だ。

 スハルト氏は今でこそ国外で悪人と見られているが、政権が最悪の状態にあった時の経済政策、そしてそれ以前の反共産主義の姿勢は西側諸国に絶賛されていたと、キングズベリー氏は指摘した。(c)AFP/Aubrey Belford