【7月27日 AFP】天性免疫不全症候群(エイズ、AIDS)の原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染が骨髄移植によって治癒した世界で唯一の例とされる米国の元患者男性が24日、国際エイズ会議(International AIDS Conference)が開催されたワシントンD.C.で、HIV/エイズ治療研究のための基金設立を発表した。

 会見に臨んだのは、HIV耐性を持つドナーからの幹細胞移植という新しい治療を受け、HIV感染に伴う白血病を克服し、以来「ベルリンの患者」として知られるようになった米シアトル(Seattle)出身のティモシー・レイ・ブラウン(Timothy Ray Brown)さん(47)だ。

 ブラウンさんは独ベルリンに留学していた1995年、HIV陽性と診断され、余命約2年と宣告された。しかし2007年以降、非常に大きな危険を伴う骨髄移植術を2度にわたって受けて以降、現在ではHIV陰性だ。

 この結果は世界の研究者たちを驚かせると同時に、遺伝子治療がさらに広く受け入れられるための研究に新たな道を開くことになった。

 AFPの取材に対しブラウンさんは「私は、エイズに治療法がある可能性を示す生き証人だ。HIVから救われる、こんなに素晴らしいことはない」と述べた。

■CCR5に変異を持つドナーからの移植

 ブラウンさんがHIV陽性と診断される約1前年、抗レトロウイルス薬の併用療法が登場し、HIV陽性である意味が「死刑宣告」から「治療可能なひとつの症状」へと変わろうとしていた。

 ブラウンさんは厳しい併用療法によく耐えたが、慢性疲労から2006年には白血病と診断。以降、抗がん治療を受けたものの、それが原因で今度は肺炎と敗血症を併発し、命を落としかけたこともある。

 主治医のゲロ・フッター(Gero Hutter)医師には、ケモカイン受容体CCR5変異体を持つドナーの骨髄移植を試みるという考えがあった。HIVはCCR5をレセプターとして細胞に侵入するが、CCR5を持たない人の場合、HIVは侵入することができない。

 CCR5変異体を持つ人は非常にまれで、欧州北部においては人口の1%程度のみと考えられている。しかし、その治療法はがんとHIVの両方の治療法に同時になりうるものだった。

 ブラウンさんの白血病は2007年に再発。この時初めて、CCR5に変異のあるドナーの幹細胞を使用した骨髄移植術を受け、同時に抗レトロウイルス薬の併用療法を中止したところ、体内からHIVが検出されなくなった。ただ白血病が再発したので、翌2008年に同じドナーの幹細胞を使用した2度目の骨髄移植術を受けた。

 この2度の骨髄移植は、手術を受けた5人に1人が死亡するという大きな危険を伴うものだった。しかしブラウンさんは、これまでのところ時々起こる頭痛だけが悩みと語った。

 2度目の手術からの回復については1度目の時よりも難しく、神経系の問題も生じたという。ただ現時点においては、白血病とHIVからは逃れることができているようだ。

■奇跡なのか

 自身の体験については議論を呼んでいることをブラウンさんは自覚している。しかし、一部の科学者による、体内にはまだHIVの痕跡が残っていて他人へも感染するという主張に対しては、「いいえ、治ったのです。私はHIV陰性なのです」と異議を唱えた。

 エイズ/HIVの普遍的な治療法を模索する研究については全力で支援したいと語るブラウンさん。最近では、会ったばかりの第1線で活躍する研究者たちに「ロックスター並みの」扱いをされたという。こうして有名になったことを生かして、研究資金のためにもっと多くの寄付を募りたいとし、「非常に有能なのに研究資金を得られない研究者が何千人といるが、そのような状況を変えたいのです」と述べた。

 病気が治癒したことについて、奇跡だと思うかと尋ねられたブラウンさん。少し躊躇して次のように答えた。

 「難しいけれど、それは宗教観によるものだと思う。医学だと信ずるならばそうだし、『神の手』のおかげだと思えばそうだろう。私に言わせれば、その両方とも少しずつではないだろうか」

(c)AFP/Jean-Louis Santini