【10月30日 AFP】ギリシャの債務危機と財政緊縮策によって同国国民の健康がむしばまれ、病気、自殺、うつ病が急増しているとの報告が、英医学誌ランセット(Lancet)に掲載された。

 ランセット誌に「Health effects of financial crisis: omens of a Greek tragedy(財政危機がもたらす健康被害:ギリシャ悲劇の予兆)」との報告を寄せた英ケンブリッジ大学(Cambridge University)のデービッド・スタクラー(David Stuckler)氏は、報告のなかで「全般的に、ギリシャの健康事情が懸念される」と危惧。「債務返済の努力が続けられるなか、一般のギリシャ人たちが究極の犠牲を払っている。医療サービスは受けられず、HIVや性病の感染リスクが高まり、最悪の場合には命を失っている」と指摘する。

■社会の緊張が生むストレスから身体的不調も

 アテネに住むある整骨医はAFPの取材に、以前は患者の半数が健康維持のために来院していたが、最近は背中の硬直や歩行不能といった深刻な症状が出るまで来なくなったと話した。

 整骨医は「患者たちは、より大きなプレッシャーとストレスを受けているようだ。それに収入も減っている」と述べ、職場や近所の人間関係がぎくしゃくした結果、筋肉や骨に不調が表れると説明した。だが、患者の多くは不調の原因を理解しておらず、「急に動いたり、重いものを持ち上げたりしていないのに」と訴えるという。

 ランセット誌の報告によると、ことし第1四半期の自殺者数は前年上半期の1.4倍に増加している。その多くは、債務返済ができなかったことが理由だという。

 それでも、ギリシャの自殺率は他の欧州諸国に比べれば、ずっと低い。欧州連合(EU)の統計機関ユーロスタット(Eurostat)によると、ギリシャの2009年の自殺者数は10万人に3人の割合で、欧州平均の3分の1程度だという。

■暴力やうつ病も増加

 同様に暴力やうつ病も増えていると、ランセット誌の報告は指摘する。2007年から09年、殺人や窃盗の件数は2倍近くに増えたという。

 また、2008年5月にはうつ病に関する電話相談サービスが設置されたが、この利用者も急増している。関係者によると、経済危機に関する相談の割合は、ことし上半期が28.7%で、前年同期の14.3%から倍増した。利用者の64.4%は女性で、61.6%はアテネまたは近郊の住民だという。

 保健・福祉省によると、ギリシャ人男性の4人に1人、女性の3人に1人が鬱病で、これは世界平均の8人に1人、5人に1人をそれぞれ大きく上回っている。

■HIV感染者も増加、唯一の明るい兆しは・・・

 さらに、ランセット誌の報告は、保健関連予算の削減で、HIV感染者が急増する可能性を警告している。2011年の新たなHIV感染者数は、前年比52%増の922人となる見通しだ。その半数は薬物の静脈注射による感染で、ほかにも買春や無防備な性交渉に絡んだ感染も多いという。

 アテネのパンテオン大学(Panteion University)のステリオス・スティリアニディス(Stelios Stylianidis)教授(精神医学)は、緊縮財政のあおりは精神保健衛生の関連機関にも及んでいると話す。

 その一方で報告は、債務危機や緊縮財政がもたらした唯一の利点として、ギリシャ国民の飲酒量が減り、その結果としてアルコール依存症も減少傾向にあることを挙げた。また報告は、警察のデータとして、アルコール消費量が著しく減り、飲酒運転も減少したと記している。(c)AFP/Isabel Malsang