ビールのほろ酔いで依存症の克服を目指す、オランダの治療施設
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【8月4日 AFP】アルコール依存症の女性、ジャネッタ・ヴァン・ブリュッヘン(Janetta van Bruggen)さん(51)は、クリニックの椅子にゆったり腰掛けるとタバコに火をつけ、キンキンに冷やした霜つきのビアマグから、ぐいっとビールを飲んだ--朝食から6杯目だ。以前は人の目を盗んでは、1日にワイン2リットル、ビール3リットルを飲むこともあった。
ブリュッヘンさんのほかに20代中盤から50代後半の男性15人、女性4人の計19人が、この画期的なオランダのクリニックでアルコール依存症の治療に取り組んでいる。全員、10年以上のアルコール依存症歴。飲むことを禁止はせず、量を管理してほろ酔い状態を保ちながら依存症からの脱却を目指すクリニックだ。
クリニック内の簡易バーではビール500ミリリットルに0.4ユーロ(約45円)をソーシャルワーカーに払う。バーカウンターの冷蔵庫には缶ビールのストックがあり、洗剤の泡が浮いたバケツにはビアマグが漬かっている。そのカウンターの内側でスタッフが、記録帳にあるブリュッヘンさんの名前の横に印をつける。
■量と間隔を管理しながらビール1日5リットルまで
09年10月の開設以来、ここオランダ中部アメルスフォールト(Amersfoort)のアルコール依存症治療施設、マリーバーン・センター(Centrum Maliebaan)では入院するリハビリ患者たちに、1時間に1回以下、1回500ミリリットルを条件に1日5リットルまでのビールをセンター内で飲むことを認めている。センターが購入するビールは1か月に500ミリリットル缶で4000本。卸売で仕入れて、そのままの値段で売る。資金的にはおおかたを市の予算に頼っている。
「飲み過ぎを止めること、これが目標です。本人のためにも、周りの人のためにもそのほうがいい」。おそらく欧州初の試みだろうと、同センターの精神科医ユージン・スハウテン(Eugene Schouten)医師は言う。目標を達成するため、「ビールしか飲ませていない」という。
センターが対象としているのは「最悪の状況」、つまり家族も仕事も住む家もなく、酒を止めたいとも思わないアルコール依存症者だ。
チームリーダーのピーター・ピュアイク(Pieter Puijk)氏は説明する。「アルコール依存症の人は朝起きると、まず不快感を覚えます。それでその不快感がなくなるまで飲むのです。朝食を待たずに、マティーニやポルト酒のボトルをあっという間に飲みきってしまうことさえあります。そうやって酔っ払い、周りの人間の迷惑にもなる。物を盗んだりケンカをしたり、大声で怒鳴ったり。それに飲み過ぎは、肝臓や脳、心臓にも深刻な害を与えます」。
センターでは午前7時半から500ミリリットルのビールをオーダーできる。「これで朝の不快感をなくせます」。ラストオーダーは午後9時半だが、1度飲んだら1時間我慢しないと次のオーダーはできない決まりだ。「これで血中のアルコール濃度を『ほろ酔い』程度に保てます。頭はクリアなので、医師や精神科医と会ったりもできるし、食事もシャワーもできます。何よりも自分で自分の行動をコントロールできる範囲です」
1日3回の食事のほかにセンターではビタミン剤や、アルコール量を減らしていくことで夜間に現れる禁断症状を抑える薬も支給する。ホームレスとしての行政への届け出や医療給付を受ける手続きも支援している。
■飲酒欲求を和らげる活動や人との交流も提供
治療に取り組む人たちは一緒にビリヤードやトランプをして遊んだり、テレビを見たり、マグカップを手におしゃべりを楽しんだりできる。ピュアイク氏は「飲みたいという欲求はいつでもつきまといます。色々な活動や治療、食事などを提供することで、その欲求は和らぎます。ここには平和がある。警察や嫌がらせをする住民に見下されることもない。トラブルに巻きこもうという人間がいないので、仲間との交流を楽しめます」。入所者のマリアン・クロイハ(Marjan Kryger、45)さんも「朝ビールを飲んでいても、誰にも笑われたり、とがめられたりしないから、ここは安心よ」と言う。
しかし「家にいるような気分になっちゃいけないと思う。出ていけなくなるからね」と言うのは、ボブ・ヴァン・ドブレン(Bob van Deuveren)さん(28)。家と子どもが欲しいというドブレンさんは、「酒を完全に止めるのではなく、酒量を減らしたい」と思っている。
最初は依存症者にビールを飲ませるというコンセプトが理解できなかったというソーシャルワーカーのケース・デ・ブロイン(Kees de Bruyn)さん(24)も今では納得している。センターでいくら禁止しても、外で飲むのを止めさせることはできないからだ。「人間に強制はできない。ここにはそれがない。その結果、みんな飲む量が減ってきているし、前よりも節操あるマナーで飲むようになっている。健康状態も良くなっている」
スハウテン医師は言う。「ここにいる人たちは模範的な市民だとか、働き者の納税者とは呼べないかもしれない。けれど、ここでやっているような方法で人生にもっと喜びが増えれば、周りに迷惑をかけることは少なくなるし、健康にもなる」。ピュアイク氏が続ける。「ここでやろうとしていることは、かれらに尊厳をもってもらうこと。人間なのですから」(c)AFP/Mariette le Roux
ブリュッヘンさんのほかに20代中盤から50代後半の男性15人、女性4人の計19人が、この画期的なオランダのクリニックでアルコール依存症の治療に取り組んでいる。全員、10年以上のアルコール依存症歴。飲むことを禁止はせず、量を管理してほろ酔い状態を保ちながら依存症からの脱却を目指すクリニックだ。
クリニック内の簡易バーではビール500ミリリットルに0.4ユーロ(約45円)をソーシャルワーカーに払う。バーカウンターの冷蔵庫には缶ビールのストックがあり、洗剤の泡が浮いたバケツにはビアマグが漬かっている。そのカウンターの内側でスタッフが、記録帳にあるブリュッヘンさんの名前の横に印をつける。
■量と間隔を管理しながらビール1日5リットルまで
09年10月の開設以来、ここオランダ中部アメルスフォールト(Amersfoort)のアルコール依存症治療施設、マリーバーン・センター(Centrum Maliebaan)では入院するリハビリ患者たちに、1時間に1回以下、1回500ミリリットルを条件に1日5リットルまでのビールをセンター内で飲むことを認めている。センターが購入するビールは1か月に500ミリリットル缶で4000本。卸売で仕入れて、そのままの値段で売る。資金的にはおおかたを市の予算に頼っている。
「飲み過ぎを止めること、これが目標です。本人のためにも、周りの人のためにもそのほうがいい」。おそらく欧州初の試みだろうと、同センターの精神科医ユージン・スハウテン(Eugene Schouten)医師は言う。目標を達成するため、「ビールしか飲ませていない」という。
センターが対象としているのは「最悪の状況」、つまり家族も仕事も住む家もなく、酒を止めたいとも思わないアルコール依存症者だ。
チームリーダーのピーター・ピュアイク(Pieter Puijk)氏は説明する。「アルコール依存症の人は朝起きると、まず不快感を覚えます。それでその不快感がなくなるまで飲むのです。朝食を待たずに、マティーニやポルト酒のボトルをあっという間に飲みきってしまうことさえあります。そうやって酔っ払い、周りの人間の迷惑にもなる。物を盗んだりケンカをしたり、大声で怒鳴ったり。それに飲み過ぎは、肝臓や脳、心臓にも深刻な害を与えます」。
センターでは午前7時半から500ミリリットルのビールをオーダーできる。「これで朝の不快感をなくせます」。ラストオーダーは午後9時半だが、1度飲んだら1時間我慢しないと次のオーダーはできない決まりだ。「これで血中のアルコール濃度を『ほろ酔い』程度に保てます。頭はクリアなので、医師や精神科医と会ったりもできるし、食事もシャワーもできます。何よりも自分で自分の行動をコントロールできる範囲です」
1日3回の食事のほかにセンターではビタミン剤や、アルコール量を減らしていくことで夜間に現れる禁断症状を抑える薬も支給する。ホームレスとしての行政への届け出や医療給付を受ける手続きも支援している。
■飲酒欲求を和らげる活動や人との交流も提供
治療に取り組む人たちは一緒にビリヤードやトランプをして遊んだり、テレビを見たり、マグカップを手におしゃべりを楽しんだりできる。ピュアイク氏は「飲みたいという欲求はいつでもつきまといます。色々な活動や治療、食事などを提供することで、その欲求は和らぎます。ここには平和がある。警察や嫌がらせをする住民に見下されることもない。トラブルに巻きこもうという人間がいないので、仲間との交流を楽しめます」。入所者のマリアン・クロイハ(Marjan Kryger、45)さんも「朝ビールを飲んでいても、誰にも笑われたり、とがめられたりしないから、ここは安心よ」と言う。
しかし「家にいるような気分になっちゃいけないと思う。出ていけなくなるからね」と言うのは、ボブ・ヴァン・ドブレン(Bob van Deuveren)さん(28)。家と子どもが欲しいというドブレンさんは、「酒を完全に止めるのではなく、酒量を減らしたい」と思っている。
最初は依存症者にビールを飲ませるというコンセプトが理解できなかったというソーシャルワーカーのケース・デ・ブロイン(Kees de Bruyn)さん(24)も今では納得している。センターでいくら禁止しても、外で飲むのを止めさせることはできないからだ。「人間に強制はできない。ここにはそれがない。その結果、みんな飲む量が減ってきているし、前よりも節操あるマナーで飲むようになっている。健康状態も良くなっている」
スハウテン医師は言う。「ここにいる人たちは模範的な市民だとか、働き者の納税者とは呼べないかもしれない。けれど、ここでやっているような方法で人生にもっと喜びが増えれば、周りに迷惑をかけることは少なくなるし、健康にもなる」。ピュアイク氏が続ける。「ここでやろうとしていることは、かれらに尊厳をもってもらうこと。人間なのですから」(c)AFP/Mariette le Roux