【10月27日 AFP】家庭やオフィスにある単純なインクジェット・プリンターの技術を応用して人間の臓器を作製する――。富山大学(University of Toyama)大学院理工学研究部の中村真人(Makoto Nakamura)教授はその可能性を追っている。

 中村氏は、インクジェット・プリンターの技術を利用した「バイオプリンティング」と呼ばれる新技術で、3次元の臓器の作製を試みている。

 仕組みはこうだ。細胞の配列が表面に現れるように臓器を水平に切断する。プリンターから細胞を1つずつ正確な位置に打ち出し、層を重ねて3次元の臓器になるまで繰り返す。通常のプリンターが色を選ぶように、バイオプリンティング装置も異なる種類の細胞を正確に配置する。

 中村氏はすでに、生きた細胞で2種類のチューブを作製することに成功している。その際に使用されたのが、神奈川科学技術アカデミー(Kanagawa Academy of Science and Technology)で中村氏のチームが3年がかりで開発し今年初めに完成した、インクジェット式の3次元バイオプリンティング装置だ。この装置では、1000分の1ミリメートル単位で細胞を配列し、2分間で3センチメートルの速度でチューブを作製することができる。

 最終目標は心臓の作製だ。開発には20年かかると中村氏は言うが、実現すれば移植を待つ患者のために、患者自身の細胞を用いた拒絶反応のない「健康な心臓」を大量生産することも可能になる。

■小児科医から研究者へ

 中村氏が研究を続ける動機は簡明だ。必要とする人々に対し十分な臓器がないなら、科学者はそれを作るべきだという。

 小児科医として心臓疾患を抱えた子どもたちを日夜診療していた中村氏は、従来の治療法が合わなかったり、症状が重くて治療できない子どもがいることに気付いた。だが、「彼らが死ぬのを見ているしかなかった」という。将来は医療が進歩しより多くの命を救えるとの望みに掛けていたが、「待つべきではない」と医師を辞め、技術発展に貢献しようと研究者になった。

 一方、脳や新しい生命の作製については否定している。

■始まりは1台の家庭用プリンター

 中村氏は人工心臓の研究に数年費やしたが、エネルギーやホルモンを自ら生み出せず、感染への耐性がないなど、移植用臓器としては適していなかった。

 2002年のある日、中村氏はインクジェット・プリンターから打ち出されるインク粒子の大きさが人間の細胞とほぼ同じだと気づいた。エプソン(Epson)の家庭用プリンターを購入し、細胞を打ち出そうとしたがノズルが詰まってしまった。同社のカスタマーサービスに電話をかけ、細胞をプリントしたい意向を伝えると、オペレーターの女性に丁重に断られたという。

 中村氏はあきらめなかった。最終的にたどりついたエプソンの幹部は中村氏の考えに関心を示し、技術支援に同意してくれた。

■幹細胞でのバイオプリンティングも

 2003年、中村氏は装置から打ち出された後も細胞が生き延びることを確認し、世界で初めてインクジェット技術による生きた細胞での3次元構造の作製に成功した。

 この技術は、将来的には幹細胞を使用したバイオプリンティング、つまり健康な新しい臓器の作製もに道を開く可能性もあると中村氏は指摘している。 (c)AFP/Miwa Suzuki