【8月31日 AFP】落書きアーティストたちは警官から身軽に逃げ回りつつ、数々のストリートアートを生み出してきた。だが今、米ニューヨーク(New York)の廃虚と化した工場を伝説的なストリートアートの聖地へと変えたアーティストたちの前に、真の宿敵が立ちはだかっている。「ジェントリフィケーション」――荒廃した都市中心部の再開発による高級化だ。

クイーンズ(Queens)地区にある「ファイブ・ポインツ(5 Pointz)」。その巨大な建物の壁は鮮やかな落書きアート(グラフィティ)で埋め尽くされ、その精巧さは世界的に高く評価されている。「タガー(Tagger)」と呼ばれるグラフィティ・アーティストたちは、「合法的に」落書きをするためにここへ招かれた。ファンや評論家、観光客に単なる通行人までもが足を止め、彼らの制作風景を眺めるのは、ファイブ・ポインツではおなじみの光景だ。


 「ここは世界一の場所だ。まさに聖地だよ。他のどこを探したってこんなところはない」と語るのは、フランス出身の有名ストリート・アーティスト、バンガ(Banga)さん。わずかに残された白い壁面にスプレーで複雑な柄を描き出しながら、言う。「僕は自由を体感して、みんなは僕の作品に満足してくれる。誰も傷つけてなんていないよ」

■高級マンションに取って代わられる運命

だが、くすんだ街並みを輝かせて20年、ファイブ・ポインツは2013年前半に姿を消すことが決まっている。代わりに、そこにはマンハッタン(Manhattan)を一望できるゴージャスな高層集合住宅が建つ。

ファイブ・ポインツの消滅は、ニューヨークならではのユニークな実験の幕切れを意味する。

長年グラフィティ・アーティストたちを支援してきたファイブ・ポインツのオーナー、デービッド・ウォルコフ(David Wolkoff)氏は、開発は止められないと話す。多くの人は落書きだらけのビルの代わりに、ピカピカのレジデンシャルタワーが建つことを歓迎するだろう、とも。

「アーティストたちはこのビルの息を吹き返してくれ、素晴らしい特徴を与えてくれたと思う。僕たちはこのビルがここにあることを心から楽しんできたよ」。だけど、とウォルコフ氏は続けた。「あらゆるものは進化するんだ。この街も進化している。実業家として、その成長を生かす時期が来たんだ」

新しくできる2棟の高級高層マンションにはプールやジム、ヨガスタジオ、ビリヤード室、パーティールーム、屋外バーベキューコーナーなどが備わる予定だ。資金調達計画が了承されれば、来年の夏までにファイブ・ポインツは取り壊される。救う道はほぼ、ない。

■「大衆文化の美術館」

ウォルコフ氏は、「グラフィティの聖地」の面影はギャラリー展示や「アートウォール」といった形で残すと約束している。しかし、「ワイルドな日々」は終わってしまうのだ。「47階建てのビルの壁面をグラフィティで覆う、というわけにはいかないね」(ウォルコフ氏)

グラフィティとはそもそもはかない芸術であって、「ファイブ・ポインツの死」はある意味で分かりきっていた未来だ。それでもアーティストたちは、この建物がストリート・カルチャーのルーツを超越し、大衆美術の一形態として本物のギャラリー、あるいは美術館にさえ等しい地位を獲得していると口をそろえる。

グラフィティを追い続けている市場調査員のアンドレ・ピナール(Andre Pinard)氏は言う。「要するにここは、人々が豊かな文化を体験するために来る場所なんだ」

ファイブ・ポインツの壁には「ステイハイ149(Stay High 149)」「コープ2(Cope2)」「タッツクルー(Tats Cru)」といった伝説的なグラフィティ・アーティストたちの作品が並ぶ。遠くブラジルや日本から来たアーティストの作品も混ざる。「歴史を感じるよ。残しておいて欲しいね」と、観光客の男性がつぶやいた。

■ビジネスになってしまった落書き

ニューヨークのグラフィティ・アーティストの多くが無法者や破壊者と呼ばれ、常に罰金や、時には逮捕さえ覚悟しながら壁にスプレーを吹きつけているのに対し、ファイブ・ポインツの「住人」たちは快適な居心地を楽しんできた。そこには抵抗の空気がある。書き付けられたあるスローガンには「親愛なる美術界よ、われわれが大地を受け継いだ暁には、おまえなどお呼びでないさ。素晴らしきわが世代」とある。

けれど、観光客が団体で訪れるようになり、企業が各種の提案を手に押し寄せ、作品が描かれた野球帽やら何やらの土産物が売り出されるようになって、落書きは今やビジネスと化してしまった。

アーティストのバンガさんは、法律を犯して落書きをしていた時のスリルを思い出してこう語る。「アドレナリンが出て、いつも死ぬんじゃないかって思ってた。でも、俺も42歳の子持ちになった。あれはもうやらないね。キャンバスを売ってしまう気分だよ」

とはいえ、ファイブ・ポインが消えても、若いストリート・アーティストたちを引き付ける根本的な落書きの魅力は失われないだろう。「パールGI(Peal GI)」のサインで落書きをしているという若者は言った。「始めて屋根に上った時は怖くてとんでもなかったよ。泣いたね。だけど、ものすごい快感なんだ。法律を破ってビルに上る。ワイルドだよ」

(c)AFP/Sebastian Smith