【3月15日 AFP】世間では「菓子づくりの帝王」と称され、米ファッション誌ヴォーグ(VOGUE)には「パティスリー界のピカソ」と言わしめた。呼ばれ方はどうあれ、フランス菓子の名店ルノートル(Lenotre)で控え目な見習いとしてキャリアをスタートしたピエール・エルメ(Pierre Herme)氏(50)は今、パティスリー界の頂点に立っている。

 自身の名を冠した直営ブティック(小売店)を初めて出店した日本では、レッドカーペット級の歓迎を受けるスターだ。創作される菓子の数々はまるでファッション・ブランドのように、英ロンドン(London)や仏パリ(Paris)でテーマごとのコレクションとして発表される。しかし、パリにある実験キッチンを兼ねたオフィスでAFP取材班を出迎えてくれたエルメ氏は、しっかりと地に足を着けた穏やかな物腰のプロフェッショナルで、食への飽くなき探求心に満ちていた。

■フレーバーは頭の中に
 
 エルメ氏はレシピを考える際、まず、36年間のキャリアで頭の中に蓄積された数千種類のフレーバーの「図書館」から、これぞというフレーバーを探し出すのだという。その作業は香水の調香師に似ている。たとえばエルメ氏にとって、レモンは単なる1つのフレーバーではない。「柑橘系の香りがあり、フレッシュさがあり、その2つの混ざり合った風味がある。火を通したレモンか、生のレモンか、絞ったレモンかによっても酸味が変わってきます」

 自らの感性に従って斬新な組み合わせに挑戦するのがエルメ氏は好きだ。フランスの伝統菓子マカロンにはオリーブオイルやグリーンアスパラガスといった素材を使い、グルメ評論界を席巻した。「自分が何をしようとしているかは分かっています。頭の中に味があるからです。フレーバー、食感、意外性――そういったものを人びとに味わってほしい」

■「働いているという感覚はない」

 マカロンの最新作でエルメ氏が提供したいと考えたのは、次のような体験だ。「最初にライムの香り、それからラズベリーの風味が立ち上り、いちばん最後にマイルド・チリペッパーの香りが来る。香り過ぎない程度に、ふわっと立ち上ってすぐ消えます」

 狙いは意外性だ。「スイーツでチリの香りに出会うことに人は慣れていないから、驚きが生まれます。それが良いという人もいれば、少々敬遠する人もいるでしょう」

 どんな時でも、エルメ氏は20種類ほどのレシピを頭の中で遊ばせている。菓子作りへの愛情ゆえ「働いていると感じたことはまったくない」と言う。

 新しいパティスリーを創り出す際には、まず形とスタイルを指示したスケッチを描き起こす。それを300人のスタッフから厳選された3人のパティシエ(菓子職人)が試作する。1回目で思い通りにできることもあれば、何度も試作を重ねることもある。「思い描くアイデアはいつも明確です」と、エルメ氏。「ですが、各パーツの組み合わせ方や用いる技法、レイヤーの厚さ、ケーキの構成など(パティシエたちと)意見がもうひとつ一致しないこともあります」

 創作のインスピレーションは「新しいフレーバーの発見や、メモ書きしたアイデアなど偶然のチャンス」からやって来るという。

■徹底した試食でフレーバーをつかみとる

 エルメ氏は「何でも試食する」ことを好む。「素材を発見したり、作り手を発見したり。美味なものばかりではありません。おいしくないと言われるものも試食する必要があります。それを、1つの枠組み、基準にできるからです」
 
「オンブル・エ・ルミエール(Ombre et lumiere、影と光)」と名付けたチョコレート・ケーキでは、たくさんのチョコレートの中からマダガスカル産を選んだ。最近もベネズエラから新たにチョコレートが届いた。「(ベネズエラ産チョコレートは)1.4トン分あったのですが、マカロンやガレット、チョコ・ボンボンやクリスマス・ケーキに使ってしまって、もうなくなってしまったのでね」

 ぜひ味見を、とチョコレートのかけらを手渡してくれたエルメ氏の解説によると、ベネズエラ産は「力強く、火を通したパッションフルーツのアロマ」がする。マダガスカル産は「もっと酸味が強く、繊細で、火を入れたパイナップルのアロマがあり、苦味は少ない」。マダガスカル産のほうが口に入れてから「余韻が続き、アロマが次々とよみがえ」り、「たぐいまれ」だという。

 今はペルー産のチョコレートを試そうとしている。フレーバーの中のニュアンスを感じ取れるかどうかをみるため、「1日の中でわざと違う時間帯に味見をしているんです」とエルメ氏は語った。(c)AFP/Gersende Rambourg