【6月2日 AFP】米国の芸術家ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)氏(53)にとって初となる大規模な回顧展が5月31日、シカゴ現代美術館(Museum of Contemporary Art, Chicago)で開幕した。

 同日、オープンまで数時間後に迫ったメインギャラリー内を、白い手袋をはめたクーンズ氏は意味深長な面持ちで歩いていた。代表作の1つである銀のウサギを台の上で押したり戻したり。その周囲に展示された巨大な紫のタマゴや、屋根から吊り下がる赤いバルーンのロブスターとの位置関係を見るため、再び廊下に戻ったり。作業を繰り返すこと30分、ようやくウサギの展示位置が決まった。

 作品の目的についてクーンズ氏は、観客の本能的かつ身体的な反応を引き出すことだと語る。

「来場者の作品に対する反応こそが、その作品が意味するもの・・・・・・そのことに、皆さんに気付いてほしい。皆さんの可能性、受け入れる心、人生において超越する何か、そんなものを描いているのです」

 バルーンで作った巨大な犬をはじめとする、楽しく手頃な作品で知られるクーンズ氏は、ペンシルベニア(Pennsylvania)州で父が営む家具店で、ありふれた日用品に興味を持つようになった。

■資金稼ぎに明け暮れた日々

 1977年にニューヨーク(New York)に引っ越し、制作活動の資金稼ぎのためニューヨーク近代美術館(Museum of Modern ArtMoMA)やウォール街で働いた。当時の作品に、透明プラスチックケースに蛍光灯を入れ、その上に高価な掃除機を載せた連作がある。

 1980年代になり、水槽内にぶら下がるバスケットボールや、ステンレスのボブ・ホープ(Bob Hope)像やウサギといった、日用品に別の意味を持たせたいわゆる「レディーメイド」作品の数々を生み出し、一躍、その名を知られるようになる。

 その後、「Made in Heaven」と題した一連の作品で芸術界に激震を起こした。イタリアの国会議員にもなったポルノ女優チチョリーナ(Cicciolina)ことイロナ・スターラ(Ilona Staller)さんと自分の性的な作品を発表したのだ。スターラとクーンズ氏は結婚するが、のちに離婚、タブロイド紙をにぎわせた。

■苦悩に満ちた90年代

 1992年には、数千個の花でできた高さ約12メートルの犬の像「Puppy」を制作。だが1995年、私生活の訴訟問題と、「セレブレーション」シリーズと題したステンレス製の巨大な像をめぐる制作費問題に苦しむことになる。クーンズ氏によれば「セレブレーション」シリーズは「息子の親権をめぐって元妻と争っていた90年代半ばに手掛けていた作品」だという。

 離婚後、スターラさんは息子をイタリアに連れて行った。クーンズ氏は数年にわたり、数百万ドルを投じて、親権を取るために争った。米国の裁判所はクーンズ氏の親権を認めたが、最終的にイタリアの裁判所が却下した。

「当時のわたしは人間性を信じる心を維持するため、頼るべき何かが必要だった。『セレブレーション』シリーズは、その何かだったんだ。このシリーズのおかげで、わたしはできるだけ寛大であろうとすることができたし、社会的対話を信じ、持続しようと努めることができた」

 同シリーズはまだ完成していないが、クーンズ氏は並行して、ポパイ(Popyey)やハルク(Hulk)をモチーフにしたコラージュ画の制作をスタートさせた。

■デュシャンの後継者として

 イタリアの「サンドレット・レ・レバウデンゴ財団現代美術館(Fondazione Sandretto Re Rebaudengo)」のアーティスティック・ディレクター、フランチェスコ・ボナミ(Francesco Bonami)氏は「ジェフ・クーンズの芸術の幅はとても広い。彼は間違いなく、最も影響力があり、最も華やかで、最も高額がつく芸術家の1人だ」と語る。「(レディーメイドの主唱者と呼ばれる)マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)は、モノに対する認識、モノの持つ意味を変えた。ジェフ・クーンズは非常に洗練された素材を用い、十分な制作費をかけて、ありふれた日用品の本質を変えることに成功した」

「クーンズは一見平凡に見える日常をアートにした。単なる視覚的効果を狙って日用品を使っているのではない。そこにはもっと深い意味がある。形を変え、巨大化させ、さまざまな素材を用いることで、大衆文化を芸術の域に引き上げた」

 鑑賞した人に何かを体験してもらうために作品を作ると語るクーンズ氏だが、自分の作品は社会を皮肉っているわけではないという。

「芸術家は寛大でなければならないと思う。わたしは皮肉屋ではない。皮肉とは、自分が表現できる以上のことを知っているように振る舞うことだからね。芸術には、生命を模倣する力がある。無機質なものから生命のエネルギーを生み出し、作品自体を生命にしようとする。その過程において、モノとモノとが対話することに興味があるんだ」

 クーンズ回顧展は、1984年から2008年までの作品を集め、9月21日までの会期で開催中。(c)AFP