【8月16日 AFP】エルビス・プレスリー(Elvis Presley)の物まねで知られる英国人ポール・ローズ(Paul Rouse)さん(42)は、ショーが始まる30分前、指輪をもてあそび、黒色のジャンプスーツと並べてテーブルに置かれた紫のスカーフを触っていた。

 「じきに緊張するからね。今は、頭を空っぽにしようとしているんだ」

 こう語って、ローズさんは髪をセットするため、化粧室に向かった。

 ローズさんは、母国英国では有名な人物。チャリティ・ディナーショーに1000人もの観客を集めたり、欧州の物まねコンテストで数回優勝したこともある

 しかし、今回は勝手がちがう。メンフィス(Memphis)のステージに立つのは初めてである上、ここの観客たちは目が肥えている。エルビスの命日に開催され、最も威厳があり、エルビス物まねコンテストの元祖でもある「Images of the King Contest」で王者を狙う人たちの、世界中でも最高レベルの物まねを見てきているからだ。

 ローズさんが着用する黒のジャンプスーツは、彼が所有する16着の中でも最高のもの。16着すべてがエルビスのオリジナルデザインで、1着の価格は2000ドル(約23万円)から3000ドル(約34万円)。

 人生のほぼすべてをエルビス・ファンとして過ごしてきたローズさんは、1982年にエルビスの自宅であるグレースランド(Graceland)の公開が始まった際には、最初の来場者の1人になろうとしたほどだ。

 「僕はエルビスの熱烈なファンだから、しっかりやらなきゃならないんだ」

 「世界で最も素晴らしいアーティストを演じようとしているんだ。失敗も、間抜けな動きもしないよ。濃いサングラスもかけない。エルビスは決して、そんなサングラスをかけなかったからね」

 「僕は歌っているときも、エルビスのまねをしているんじゃない。エルビスは世界に1人しかいないからね」

 しかし、世界にはエルビスになりたいと願う人が大勢いる。例えそれが、わずかの間でも。

 「エルビス・ウィーク(Elvis Week)の期間中、メンフィスでは黒色の染髪料がなくなってしまうの」

 エルビスの物まねで知られるマイケル・フーバー(Michael Hoover)さんとともに、「Images of the King Contest」を運営する妻のボビー・フーバー(Bobbie Hoover)さんはこう語った。

 「皆、自分の中に少しでもエルビスのかけらを持っていたいのね」

 しかし、フーバー夫妻が運営するこのコンテストは今年、難局を迎えている。エルビス・プレスリー・エンタープライズ(Elvis Presley Enterprises)が、没後30年を記念して公式な物まねコンテストを開催したのだ。これまでずっと物まねを恥ずべきものとみなしてきた同団体が起こした、驚くべき行動だった。

 「才能豊かで善意を持って物まねをする人もいれば、不適切な物まねをする人もいました」

 エルビス・プレスリー・エンタープライズのJack SodenCEOはこう述べ、現象が拡大し、特にエルビスの物まねに真剣に取り組む人がいる中、単純に無視し続けることができなくなったと語った。

 楽屋では、15分のステージに備え、5人ほどの出場者が出番を待っていた。週末までの期間中、約100人がステージに立つ。

 ローズさんは、ステージ用に、エルビスの後年の作品を中心に選んだ。1972年にマジソン・スクウェア・ガーデン(Madison Square Gardens)で披露された曲からスタートし、次にラブソング。

 「この曲は女性たちに贈ります」

 アシスタントが持ってきたスカーフを、一枚一枚ステージ下の観客たちにキスしながら手渡し、ローズさんはこう言った。満員の観客たちは礼儀正しく拍手を送ったが、ローズさんの冗談には笑わなかった。

 ローズさんは最後に、欧州のコンテストで優勝したときに歌った曲『心の痛手(Hurt)』を熱唱して15分のステージを締めくくった。

 物まねをする人たちが避けたがる曲であるにもかかわらず、ローズさんが歌い始めると、観客から大歓声が上がった。(c)AFP/Mira Oberman