【5月20日 AFP】半透明なウナギの稚魚1匹を手のひらにすくいとり、ニューヨーク(New York)州の環境調査員、クリス・バウザー(Chris Bowser)さんは、驚きで頭を振った。「これの値打ちはおよそ1ドル(約100円)だ」

 毎年春になると、大西洋からやって来たウナギの稚魚が北米沿岸各地の川を上る。

 ニューヨーク州環境保護省で働くバウザーさんは、ウナギの川上りを「この惑星で最も偉大で、最も謎に満ちた移住」と呼ぶ。

 だが、その旅に出るウナギの数は、年々減少している。

 そして世界中のウナギの数と、アジアにおける需要との不均衡により、ウナギの価格はキャビアのレベルにまで高騰している。

 米国最後の大規模ウナギ養殖業の地、メーン(Maine)州では、ウナギの稚魚シラスウナギは水中の金だ。

 メーン州の漁業当局によると、価格は2012年シーズンに1ポンド2600ドル(1キロ約58万円)の最高値を記録した──これは稚魚1匹あたり1ドルに相当する。比べて、ニューイングランド(New England)地方の有名なロブスターは、1ポンドわずか2.69ドル(1キロ約600円)ほどにしかならない。

 この超高値は、密漁者を含め、一部の人にとっては喜ばしいことだが、実際には各地の大幅な漁獲減を反映したものだ。

 欧州連合(EU)出資の研究によると、東大西洋の稚魚の数は、ピーク時から95%減少した。アジアでも同様の激減がみられ、日本は今年2月、ニホンウナギを絶滅危惧種に指定した。

 北米では、カナダで急激な減少がみられ、厳しい漁業規制が導入された。また、米当局はウナギを「枯渇」資源に分類している。

 米国では、シラスウナギの商業漁獲が許可されているのはメーン州とサウスカロライナ(South Carolina)州のみ。5月21日に行われる大西洋沿岸州海洋漁業委員会(Atlantic States Marine Fisheries Commission)の会合で、新たな規制が導入される可能性もある。

 だが、同委員会のケート・テーラー(Kate Taylor)氏は、ウナギは「極めて謎に包まれて」おり、その生態についてほとんど分かっていないため、米当局も対応に困っていると語る。

   「分からないことが多い」と、テーラー氏は電話取材に語った。

■ウナギの壮大な移住、「正気じゃない」

 ニューヨーク州郊外のニューバーグ(Newburgh)の清流に膝まで入って、バウザーさんは、海からやってくるシラスウナギを捕らえるために設置したじょうご状の網をのぞき込む。

 その網は、バウザーさんがウナギの個体数と生態を調べるために、近くのマウントセントメリーカレッジ(Mount Saint Mary College)の学生たちの協力を得て行っている調査の一環として設置された。

 捕まえたウナギは、大西洋からハドソン川(Hudson River)を上り、橋の下を通って丘に上るこの小川にたどり着いたばかり。学生たちは体をくねらせるウナギを慎重な手つきですくい取ってバケツに入れる──調査後には放流する予定だ。「手の中にスパゲティがあるみたいな感じ。ただし動く点を除けばね」と、あるボランティアは語った。

 今週は、先週よりもはるかに少ない、240匹の稚魚を確認した。月が満月から欠け始めており、バウザーさんは潮の満ち引きを反映している可能性があると語った。

 しかし、ウナギの個体数を地球規模で測定することは、はるかに困難だ。

 ウナギが大西洋のどこで生まれているのか、確かなことは誰も知らないが、サルガッソ海(Sargasso Sea)と呼ばれる謎めいた海域でウナギたちが生まれていることを部分的に裏付ける証拠が過去数十年で示されている。

 サルガッソ海で生まれたウナギの稚魚は、何らかの方法で大西洋の海流に乗り、北米大陸か欧州大陸のいずれかに向かう。ウナギがどのようにして方角を把握しているのか、どのようにして移動中生き延びているのかについては、明らかになっていない。

 春に川に到着したウナギは、断固とした決意で川を上り始める。障壁がある場合には地面の上をはって進むことさえある。そして内陸へ数マイル進んだ泥の多い川に、ウナギはすみかを作る。

 淡水魚に変わったウナギはなじみの見た目となり、最長5フィート(約1.5メートル)まで大きくなり、表皮は黄色くなる。

 それから10~20年後、あるいはときにはもっと長い期間の後、ウナギの長旅が再び始まる。ただし逆方向に。

 成体のウナギはあっけなく住み慣れた川を捨て、海水魚に変わり、海へ向かう。

 最終ステージでウナギは、黄色から銀色の体に変わり、海水での視界を確保するために目が大きくなり、消化器官が機能停止する。自らの脂肪分だけで生き延びながら、ウナギは──理由は定かではないが──数百、数千マイル離れたサルガッソ海へと泳ぎ始める。

 サルガッソ海に着いたウナギは、生涯で初めてにして唯一の生殖を行い、そして死ぬ。

   「正気じゃない」とバウザーさんは語った。

■謎に満ちたウナギの生態

 ウナギの謎に満ちた起源について初めて執筆したのは古代ギリシャの哲学者、アリストテレス(Aristotle)だった。アリストテレスはウナギが川にも海にも生息することを記し、ウナギが泥から自然発生するかもしれないと推測した。

 19世紀には、オーストリアの精神分析学者ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)が若かりしころに、何か月もかけてウナギの生殖器官を探した。生涯の最終段階にならないとウナギには生殖器がないことを知らなかったためだ。

 今もなお、ウナギの理解は極めて限定されたものだ。個体数の激減についても理由がはっきりしていない。

 アジアの需要が個体数減少の要因の一つではあるものの、川のダム建設や水質汚染、湿地帯の乾燥なども原因として挙がっている。海洋環境の変化や寄生虫が原因の可能性もある。

 ウナギの養殖も、これまでのところ成功していない。

 主要市場の日本を含め、中国や台湾、韓国には多くの養殖場がある。だが、そこで養殖されているのは野生のシラスウナギ。その多くは、メーン州で捕獲されたものだ。

 商業化可能な水準での養殖に成功した者はまだ1人もいない──野生の生殖を観察した人さえいない。

   「どうやって(生殖を)やってるのか?秘密グループか、あるいは巨大な乱交パーティーか。われわれは知らない」とバウザーさんは語る。

 ウナギ料理のファンは大勢いる。だが、現段階でウナギに必要なのは友人だ。

 バウザーさんの調査グループに参加した生物学と化学を学ぶアナスタシア・フランク(Anastasia Frank)さん(18)は、パンダや希少種のトリのようなかわいらしさを持たないこの生物について、良さがわかるようになったと語る。

  「最初に調査に来たときは『おええ、私は魚好き人間じゃない!』って感じだった」とアナスタシアさんは語る。「でも今は、ウナギをかなりかっこいいと思う」(c)AFP/Sebastian Smith