日本のパイオニアが切り開く昆虫ロボットの開発
このニュースをシェア
【7月18日 AFP】警察がロボットのガの大群を空に放ち遠く離れた場所に隠された麻薬を探知する。あるいはハチ型ロボットが地震のがれきの中を飛び回って生存者を見つけ出す――SFのシナリオのようだが、昆虫の脳を研究している日本の科学者が実際に思い描いている光景だ。
東京大学(Tokyo University)先端科学技術センター(Research Centre for Advanced Science and Technology、RCAST)の神崎亮平(Ryohei Kanzaki)教授は約30年にわたり昆虫の脳を研究してきた。昆虫ロボットの世界ではパイオニア的存在だ。
人間の脳を理解し、病気や事故で損なわれた脳の接続を回復させることを究極の目標に掲げる神崎教授は、研究の過程で昆虫の「微小脳」に着目した。
たとえばカイコガの幅約2ミリの脳には約10万個のニューロン(神経細胞)がある。約1000億個のニューロンがある人間の脳に比べるとはるかに小さいが、神崎教授はサイズがすべてではないと指摘する。
昆虫の脳は、飛びながら、飛んでいる獲物を捕らえるといった複雑な運動をコントロールすることができるし、オスのカイコガは、フェロモンのにおいを感じ取り、1キロ以上離れたところにいるメスを探し出すことができる。これは数億年かけて昆虫の脳が「優れたソフトウェアのかたまり」に進化してきた証拠だと教授は語る。
「昆虫の脳をジグソーパズルの1枚の絵に例えると、1つ1つのピースはニューロンにあたります。ピースの1つ1つがどんな形で、どこにあってどんな働きをするのか、それをどんどん集めると、その絵が組み立てられる」と語る神崎教授は、昆虫の脳の設計図を人工的に再現したいと考えている。「将来的には昆虫の脳の設計図が明らかになってくるでしょう」。そうなれば、その配線を変えたらどうなるかをコンピューターでシミュレーションできる。さらに「(遺伝子を操作して)本物の脳で特定のニューロンの配線を変えることができたら脳のはたらきを変えることもできるでしょう」
神崎教授らはこの方面ですでにいくつかの成果を上げている。たとえばオスのカイコガがにおいではなく光、または別の種類のガのにおいに反応するよう、遺伝子操作技術によってニューロンの特徴を遺伝子的に改変することに成功した。数キロ先にある違法薬物、地雷、がれきに埋まった人、あるいは有毒ガスをかぎ分ける昆虫ロボットの実現に道を開く成果だ。
■カイコガがロボットを「操縦」する、ロボット自動車の運転もできるはず
遠い未来の話のようにも思えるが、神崎教授のチームは1990年代から昆虫とロボットを組み合わせたハイブリッドマシンの研究を行ってきた。
例えば生きたオスのカイコガを装着した電池で動くおもちゃの車のような「昆虫操縦型ロボット」では、このロボットのパイロットとなるガを背中でこの装置にしっかりと固定し、脚で回転ボール(操縦桿)を回転させて動かせるようにした。ボールの回転は光学センサで読み取られ、その動きと同じようにロボットが動く仕組みだ。
研究者たちがメスのガのにおいでパイロットのオスを刺激すると、オスは右に左にと脚でボールを動かしてロボットを「操縦」したのだ。しかも実験中に操縦特性を変えると――運転中にタイヤがパンクした自動車の運転手がハンドルをきる角度を変えるように――ガもすみやかに適応することが分かった。
またカイコガの頭を切断して頭の部分だけを搭載した「昆虫脳操縦型ロボット」も製作した。この脳と触角はまだ機能しており、においを感知してこのロボットも同様な動作を行った。このとき研究チームは脳のニューロンが発した行動指令信号を記録し、その信号でロボットを制御したのだ。
研究チームは、どの刺激にどのニューロンが反応するかを調べ、ニューロンも蛍光マーカーで染め、3D画像として可視化して観察した。研究チームはこれまでに1200個以上のニューロンについてのデータを取得している。同一種におけるデータ数としては世界最高レベルだ。
神崎教授は、昆虫も人間と同じように、刻々と変化する条件と環境で高度に適応できる能力を持っていることが明らかになりつつあると語る。
「人間は時速5キロくらいで歩くけれど、100キロで走る自動車を運転できる。これは自力では本来は絶対ありえない世界だが、人間は脳の能力によって車を自由に運転し、アクセルを踏んだり、ブレーキをかけたり、障害物を避けたりできる。これはまさに車が体と一体化したからに他ならない。我々の脳が車を体の一部と認識するように変化したからだ。昆虫も同じ脳をもっている。だったら、昆虫だって自動車を運転できるはずという発想になる…昆虫の脳もその能力を多分秘めていると思います」と話す神崎教授の目標は高い。
「のろのろ這う虫でもきっとずっと速く動く自動車の体を与えてあげれば、きっとそれを私たちと同じように乗りこなすはず。このような昆虫の脳の能力を再現することで、わたしたちがまだ知らない想像を超えたロボットの設計方法がみえてくるでしょう」(c)AFP/Miwa Suzuki
東京大学(Tokyo University)先端科学技術センター(Research Centre for Advanced Science and Technology、RCAST)の神崎亮平(Ryohei Kanzaki)教授は約30年にわたり昆虫の脳を研究してきた。昆虫ロボットの世界ではパイオニア的存在だ。
人間の脳を理解し、病気や事故で損なわれた脳の接続を回復させることを究極の目標に掲げる神崎教授は、研究の過程で昆虫の「微小脳」に着目した。
たとえばカイコガの幅約2ミリの脳には約10万個のニューロン(神経細胞)がある。約1000億個のニューロンがある人間の脳に比べるとはるかに小さいが、神崎教授はサイズがすべてではないと指摘する。
昆虫の脳は、飛びながら、飛んでいる獲物を捕らえるといった複雑な運動をコントロールすることができるし、オスのカイコガは、フェロモンのにおいを感じ取り、1キロ以上離れたところにいるメスを探し出すことができる。これは数億年かけて昆虫の脳が「優れたソフトウェアのかたまり」に進化してきた証拠だと教授は語る。
「昆虫の脳をジグソーパズルの1枚の絵に例えると、1つ1つのピースはニューロンにあたります。ピースの1つ1つがどんな形で、どこにあってどんな働きをするのか、それをどんどん集めると、その絵が組み立てられる」と語る神崎教授は、昆虫の脳の設計図を人工的に再現したいと考えている。「将来的には昆虫の脳の設計図が明らかになってくるでしょう」。そうなれば、その配線を変えたらどうなるかをコンピューターでシミュレーションできる。さらに「(遺伝子を操作して)本物の脳で特定のニューロンの配線を変えることができたら脳のはたらきを変えることもできるでしょう」
神崎教授らはこの方面ですでにいくつかの成果を上げている。たとえばオスのカイコガがにおいではなく光、または別の種類のガのにおいに反応するよう、遺伝子操作技術によってニューロンの特徴を遺伝子的に改変することに成功した。数キロ先にある違法薬物、地雷、がれきに埋まった人、あるいは有毒ガスをかぎ分ける昆虫ロボットの実現に道を開く成果だ。
■カイコガがロボットを「操縦」する、ロボット自動車の運転もできるはず
遠い未来の話のようにも思えるが、神崎教授のチームは1990年代から昆虫とロボットを組み合わせたハイブリッドマシンの研究を行ってきた。
例えば生きたオスのカイコガを装着した電池で動くおもちゃの車のような「昆虫操縦型ロボット」では、このロボットのパイロットとなるガを背中でこの装置にしっかりと固定し、脚で回転ボール(操縦桿)を回転させて動かせるようにした。ボールの回転は光学センサで読み取られ、その動きと同じようにロボットが動く仕組みだ。
研究者たちがメスのガのにおいでパイロットのオスを刺激すると、オスは右に左にと脚でボールを動かしてロボットを「操縦」したのだ。しかも実験中に操縦特性を変えると――運転中にタイヤがパンクした自動車の運転手がハンドルをきる角度を変えるように――ガもすみやかに適応することが分かった。
またカイコガの頭を切断して頭の部分だけを搭載した「昆虫脳操縦型ロボット」も製作した。この脳と触角はまだ機能しており、においを感知してこのロボットも同様な動作を行った。このとき研究チームは脳のニューロンが発した行動指令信号を記録し、その信号でロボットを制御したのだ。
研究チームは、どの刺激にどのニューロンが反応するかを調べ、ニューロンも蛍光マーカーで染め、3D画像として可視化して観察した。研究チームはこれまでに1200個以上のニューロンについてのデータを取得している。同一種におけるデータ数としては世界最高レベルだ。
神崎教授は、昆虫も人間と同じように、刻々と変化する条件と環境で高度に適応できる能力を持っていることが明らかになりつつあると語る。
「人間は時速5キロくらいで歩くけれど、100キロで走る自動車を運転できる。これは自力では本来は絶対ありえない世界だが、人間は脳の能力によって車を自由に運転し、アクセルを踏んだり、ブレーキをかけたり、障害物を避けたりできる。これはまさに車が体と一体化したからに他ならない。我々の脳が車を体の一部と認識するように変化したからだ。昆虫も同じ脳をもっている。だったら、昆虫だって自動車を運転できるはずという発想になる…昆虫の脳もその能力を多分秘めていると思います」と話す神崎教授の目標は高い。
「のろのろ這う虫でもきっとずっと速く動く自動車の体を与えてあげれば、きっとそれを私たちと同じように乗りこなすはず。このような昆虫の脳の能力を再現することで、わたしたちがまだ知らない想像を超えたロボットの設計方法がみえてくるでしょう」(c)AFP/Miwa Suzuki