【6月12日 AFP】正教会の司祭、バシリー・ライウ(Vasile Laiu)神父(50)は、ルーマニア東部の絵のように美しい丘陵をじっと眺めながら、米国各地に点在するシェールガス井と掘削装置が、ここに建設されることがないようにと祈っている。

 ライウ神父はこの数か月、米エネルギー大手シェブロン(Chevron)がこの田舎の貧しい地方でシェールガスを採掘する計画に対して、最も声高な反対派の1人になっている。黒の法衣を身にまとい「人間、自然、未来の世代を脅かす」計画に反対する何千人もの地元住民による街頭デモに参加してきた。

 石油生産地域に生まれ育ったライウ神父は、自分はエネルギー産業の敵ではないと主張する。しかし多くの人々と同様、議論の的になっている掘削技術、水圧破砕法(フラッキング)に反対しているのだ。

 水圧破砕法とは、砂と化学物質を混合した大量の水を高圧で岩石層に注入して破砕し、ガスを取り出す掘削技術だ。米国のペンシルベニア(Pennsylvania)やコロラド(Colorado)といった州で広く使用されている一方で、同バーモント(Vermont)州や、フランス、ブルガリアなどの国では、大気汚染や水質汚染の可能性があるとして禁止されている。

 ルーマニア東部ブルラド(Barlad)市の市長が今年4月、フラッキングに対する抗議集会を禁止した際、ライウ神父は反対派の人々を自分の教会に迎え入れた。神父は「教会は政治には干渉しないが、たとえ1人でも同胞が健康や生命の危険にさらされたならば、介入するのが神父としての私の務めだ」とAFPのインタビューで語った。

■地域経済の救世主か、長期的害をもたらす一時的ブームか

 ブルラド教区で最高位の正教会司祭であるライウ神父は、教区内の村々に奉仕して人生の半分以上を費やしてきた。1989年の共産主義政権崩壊後、新しい資本主義経済の中で、自分の教区の住民たちが職を得るために奮闘し、農民たちが収支をやりくりするのに苦労する様子を目の当たりにしてきた。

 だが2011年にシェブロンがシェールガスの試掘を行うために60万ヘクタールの採掘権を取得して以来、地域は自分たちの未来に関する新たな闘いに巻き込まれた。

 推進派の人々は、シェールガスの採掘によって雇用が創出され、エネルギー価格が大幅に下がり、ルーマニアで最も高い10%の失業率に悩まされているブルラドの経済を大きく押し上げると主張する。

 一方で、環境と公衆衛生に長期的な害を及ぼしかねない「一時的なブーム」として、シェールガスへの熱狂に背を向ける人々もいる。

 米デューク大学(Duke University)による2012年の研究では、フラッキングが地下水の経路を通じて飲料水の井戸を汚染する危険性があることが明らかになっている。

 ライウ神父は、水をめぐる問題を最も懸念している。ブルラド周辺は干害に悩まされているにもかかわらず、業界のデータによると、フラッキングにはガス井1か所当たり最高2万立方メートルもの膨大な量の水が必要になるという。腐食性の塩類や発がん物質、自然放射性元素などが入り混じった廃水の処理問題も、村民たちが果物や野菜を栽培し、家畜を飼育している地域にとってさらに懸念材料となっている。

 シェブロンのサリー・ジョーンズ(Sally Jones)広報担当はAFPの取材に対し「安全性と環境保全については最高の基準に従って活動している」と強調し、同社が「操業している地元地域に積極的に貢献しつつ、ルーマニアの信頼できるパートナーとなるよう尽力している」と述べている。

 だがライウ神父は、村民たちがないがしろにされていると言う。「教区民たちは、事前通知もなしに、試掘設備が畑の中にパイプを沈めているのに気が付いた。その後、(建物の)壁にひびが入っているのを見つけたのだ」

■東欧一の埋蔵量がもたらす富よりも大事なのは命

 ライウ神父の確固たる姿勢に、多くの人々が感銘を受けている。

 ブルラド市の市長や地方議員も属するビクトル・ポンタ(Victor Ponta)首相の中道左派連立政権は当初、シェールガスの採掘権を付与する前政府の決定を激しく非難していた。ポンタ首相は2012年5月に政権に就くと、掘削の一時停止をも命じた。だが、この一時停止命令が12月に失効して以来、ポンタ首相とライバルのトライアン・バセスク(Traian Basescu)大統領は揃って、欧州におけるシェールエネルギーの主要な推進派になっている。

 米国の研究では、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリーの3か国を合わせたシェールガスの埋蔵量は東欧最大の約5380億立方メートルに上ると推計している。

 だが、地元住民の声を伝えていくという、ライウ神父の決心は変わらない。

「数年前、私は4歳の娘を腫瘍で亡くした。医者に原因を尋ねると、彼はこう答えた。『神のみぞ知るですよ、神父様。でも、ここはチェルノブイリ(Chernobyl)にとても近い。それが原因かもしれません』──環境問題が懸念されるとき、私は無関心ではいられない。彼らがわれわれに差し出すどんな金銭よりも、貴重なのは生命です」(c)AFP/Isabelle WESSELINGH