ポランスキー淫行事件、これまでの経過
このニュースをシェア
【9月29日 AFP】32年前の淫行事件の容疑者として、映画監督のロマン・ポランスキー(Roman Polanski)氏がスイスで身柄を拘束された。以下はこの事件の経過。
■1977年
-3月10日:当時43歳だったポランスキー氏が、米ハリウッド(Hollywood)にある俳優ジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)さんの自宅に13歳の少女を誘い、ファッション写真の撮影を行う。ニコルソンさんは不在。ポランスキー氏は少女に酒と薬物を勧め性行為に至る。
-3月25日:少女の両親が警察に届け出る。
-4月15日:暴行やアナルセックスなどの罪で起訴されたポランスキー氏の裁判が開廷。同氏は当初、無罪を主張。
-8月8日:ポランスキー氏は司法取引を行い、未成年との違法な性行為の罪のみを認める。カリフォルニア(California)州の施設で3か月間の精神鑑定を受けるよう命じられるが、映画撮影があったため年末まで延期される。
■1978年
-2月1日:ロサンゼルス(Los Angeles)近郊にあるチノ刑務所(Chino Penal Institution)で47日間過ごしたが、残る容疑に対する重刑を恐れ米国を出国。出生地であるフランスに移住し、市民権を得る。以来、同国で暮らす。
通常、自国民の身柄引き渡しを行わないフランスは、カリフォルニア州当局からの身柄引き渡し要求を拒否している。
■1994年
-8月:ポランスキー氏が被害者の女性に慰謝料を支払うことで合意するも、カリフォルニア州検察当局は起訴取り下げを拒否。
■2003年
-3月23日:『戦場のピアニスト(The Pianist)』でアカデミー賞監督賞を受賞。
被害者女性はポランスキー氏を許したというコメントを出し、同氏が授賞式に出席できるよう訴えたが、逮捕を恐れた同氏は出席せず。
■2008年
-12月2日:ポランスキー氏の弁護士が、事件に誤った処理があったとして検察当局に対し起訴取り下げを請求。
■2009年
-5月7日:ロサンゼルスの裁判所は、起訴取り下げ請求を棄却。
-9月26日:映画祭出席のため訪れたスイス・チューリヒ(Zurich)で身柄を拘束される。米国からの身柄引き渡し要求が待たれている。
(c)AFP
■1977年
-3月10日:当時43歳だったポランスキー氏が、米ハリウッド(Hollywood)にある俳優ジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)さんの自宅に13歳の少女を誘い、ファッション写真の撮影を行う。ニコルソンさんは不在。ポランスキー氏は少女に酒と薬物を勧め性行為に至る。
-3月25日:少女の両親が警察に届け出る。
-4月15日:暴行やアナルセックスなどの罪で起訴されたポランスキー氏の裁判が開廷。同氏は当初、無罪を主張。
-8月8日:ポランスキー氏は司法取引を行い、未成年との違法な性行為の罪のみを認める。カリフォルニア(California)州の施設で3か月間の精神鑑定を受けるよう命じられるが、映画撮影があったため年末まで延期される。
■1978年
-2月1日:ロサンゼルス(Los Angeles)近郊にあるチノ刑務所(Chino Penal Institution)で47日間過ごしたが、残る容疑に対する重刑を恐れ米国を出国。出生地であるフランスに移住し、市民権を得る。以来、同国で暮らす。
通常、自国民の身柄引き渡しを行わないフランスは、カリフォルニア州当局からの身柄引き渡し要求を拒否している。
■1994年
-8月:ポランスキー氏が被害者の女性に慰謝料を支払うことで合意するも、カリフォルニア州検察当局は起訴取り下げを拒否。
■2003年
-3月23日:『戦場のピアニスト(The Pianist)』でアカデミー賞監督賞を受賞。
被害者女性はポランスキー氏を許したというコメントを出し、同氏が授賞式に出席できるよう訴えたが、逮捕を恐れた同氏は出席せず。
■2008年
-12月2日:ポランスキー氏の弁護士が、事件に誤った処理があったとして検察当局に対し起訴取り下げを請求。
■2009年
-5月7日:ロサンゼルスの裁判所は、起訴取り下げ請求を棄却。
-9月26日:映画祭出席のため訪れたスイス・チューリヒ(Zurich)で身柄を拘束される。米国からの身柄引き渡し要求が待たれている。
(c)AFP