【5月22日 AFP】もしもあなたの敵が、あなたたちの全員を処刑すると誓いを立てているとしたら、あなたは、他の仲間が処刑されることを知りながらも敵と取引をして、一部の人命だけでも救おうとすることが出来る──あるいは、するべき──だろうか?

 この疑問は、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を取り上げた作品として高い評価を受けた『ショア(Shoah)』(1985)のクロード・ランズマン(Claude Lanzmann)監督の新作ドキュメンタリーの核を成している。

 第66回カンヌ国際映画祭(Cannes Film Festival)で19日に上映された『The Last of the Unjust(不条理の最後)』は、ランズマン監督がショアでも触れた倫理のジレンマを追究したドキュメンタリーだ。3時間半の上映時間中、観客は、ベンヤミン・マーメルシュタイン(Benjamin Murmelstein)氏の身に起きたことを振り返る。

 マーメルシュタイン氏は、ナチス・ドイツ(Nazi)占領下のチェコスロバキア、テレージエンシュタット(Theresienstadt)の「モデル・ゲットー」のユダヤ人評議会最後の代表だった。

 テレージエンシュタット収容所を設置したのはナチス親衛隊(SS)のアドルフ・アイヒマン(Adolf Eichmann)中佐。ユダヤ人の自治する街のように見せかけ、世界をだますために利用された。同収容所は、最も多い時期でユダヤ人5万人を収容していた。設置された4年間で殺害された収容者の数は15万人以上、その多くはアウシュビッツ(Auschwitz)のガス室に送られた。

 収容所を運営するために、ナチスは委員12人と代表で構成されるユダヤ人評議会を作った。任命を拒否したものは殺害された。1人目の代表は1943年にアウシュビッツに送られ、6か月後に殺害され、2人目は1944年にテレージエンシュタットで処刑された。

 ドキュメンタリー映画は、マーメルシュタイン氏の人並み外れた、そして論争の的となった人生を描いている。ウィーン(Vienna)のユダヤ教ラビ(宗教指導者)だったマーメルシュタイン氏は、テレージエンシュタット収容所のユダヤ人評議会の3人目にして最後の代表を務め、第2次世界大戦を生き延びた東欧で唯一の評議会代表だった。

 生き残ったことは標的になることを意味した。1960年代初頭、マーメルシュタイン氏は一部のホロコースト生存者たちから、ナチスの協力者として激しく攻撃された。ウィーン時代から親交があったアイヒマン中佐とともに絞首刑にするべきだとの声も上がった。

 ドキュメンタリー映画は、ランズマン氏が1975年、マーメルシュタイン氏が亡くなる14年前に撮影したインタビューをもとにしたものだ。インタビューに登場するマーメルシュタイン氏は、非常に魅力的で極めて知的、勇敢で皮肉屋、他人にも自分にも厳しい人物として浮かび上がっている。

■服従のみが選択肢、ゲットーのユダヤ人代表

 マーメルシュタイン氏は毎日、ナチスからの要求に直面したが、最大限の努力を払って要求を遅らせたり、中止させ、ナチスの総統ヒトラー(Hitler)に死の行進を命じられた人々の一部を救った──その他の人々が殺害されることを知りながら。

 マーメルシュタイン氏は、東欧各地のゲットーの代表がそうであったような密告者、あるいは権力に魅了されたモンスターでは決してなかった。だが、後にマーメルシュタイン氏もそのように描かれた。

「多大な危険をおかし、彼はユダヤ系オーストリア人12万人を処刑者の手の中から救い出した。彼の経験は、行政官としての歴史の教訓だ」と、ランズマン氏は語る。

「私の観点での『The Last of the Unjust』の教訓の1つは、ある特定の時点からは、服従し従う選択肢しかなくなり、全ての抵抗が不可能になるということだ」

「とはいえ、マーメルシュタイン氏は最後の最後まで休むことなく殺害者と戦い続けた。ナチスは彼を操り人形にしようとしたが、彼が言う通り、操り人形の方が、糸を引っ張る方法を覚えたのだ」

 赤十字社が発行した外交官用旅券を所持していたマーメルシュタイン氏は戦後、国外へ逃れることも出来た。だが、複数のユダヤ人がマーメルシュタイン氏をナチスの協力者として告発した後、マーメルシュタイン氏はチェコスロバキア当局に身柄を拘束されることを選んだ。

 18か月の拘禁の後、マーメルシュタイン氏には全ての罪に対して無罪が言い渡され、同氏はローマ(Rome)に亡命した。ローマでの生活はつらかったが、イスラエルには一度も足を踏み入れなかった。

■悪は陳腐か、新たな視点

 ランズマン監督は、マーメルシュタイン氏の回想が別の意味でも貴重だと語る。それは1962年に裁判の上で処刑されたアイヒマン中佐についての新たな像を提供しているという点だ。

 ドイツの哲学者、ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)氏は、アイヒマン裁判の傍聴を通じて、アイヒマン中佐を典型的な官僚として、「悪の陳腐さ」を体現する人物として描写した。だが、マーメルシュタイン氏は、アイヒマン中佐を反ユダヤ主義に熱狂し、暴力的で、腐敗した「悪魔」として語っていた。(c)AFP/Dominique AGEORGES