【7月3日 AFP】2009年のアカデミー賞発表はまだ8か月も先で、ノミネート対象となる映画も公開さえされていない状況だ。だが故ヒース・レジャー(Heath Ledger)が、遺作となった「バットマン(Batman)」シリーズ最新作で見せた素晴らしい演技で、極めて珍しい故人によるオスカー受賞が実現するのではとの憶測が、早くもハリウッド(Hollywood)では飛び交っている。

 1月にニューヨーク(New York)で薬物過剰摂取のためわずか28歳で亡くなったレジャーは、18日に全米公開を迎える「バットマン」シリーズ最新作『ダークナイト(The Dark Knight)』に、バットマンの宿敵ジョーカー(Joker)役で出演している。

■評論家ら「完ぺきなジョーカー役」と絶賛

 レジャーの身の毛もよだつような迫真の悪役演技は、すでに試写会などで作品を見た批評家の多くから称賛を浴びており、オスカー物の演技との呼び声も高い。

「ローリングストーン(Rolling Stone)」誌の映画評論家ピート・トラバース(Pete Travers)氏は「素晴らしいとしか言いようがない。完ぺきなまでに見事なジョーカーだ」と絶賛する。

 また「オスカーの故人受賞は『ネットワーク(Network)』でピーター・フィンチ(Peter Finch)が受賞した1976年以来だが、レジャーにも故人オスカー授賞をという運動が起これば、ぜひとも署名したい」と明言した。

 ロサンゼルス(Los Angeles)のテレビ局「KTLA」のエンターテインメント専門記者サム・ルービン(Sam Rubin)氏は「レジャーのせりふ回しと声色は、あらゆる点で完ぺきにジョーカーだ」と称賛し「レジャーのノミネートは間違いないし、現時点では最有力候補だ」と語った。

■まれに起こらない「超越した演技」と共演者ら

 『ダークナイト』の共演者らも、口を揃えてレジャーの演技を絶賛する。

 ゴッサム・シティ(Gotham City)のジム・ゴードン(Jim Gordon)警部補を演じたゲイリー・オールドマン(Gary Oldman)は「アカデミー賞では、こういった娯楽作品はあまり評価されないが、レジャーの演技はオスカー級で、おそらくノミネートされるんじゃないか」と記者らに語った。

 オールドマンは、レジャーが撮影セットに身を置いた瞬間から、レジャーの演技に釘付けになったという。「レジャーとの撮影が始まった初日から『なんて凄い奴だ』と驚かされた。まるで、我々には聞こえないのに、彼だけにラジオが聞こえていてるみたいだった」

 オールドマンによれば、俳優には、まれにこういうことが起こるのだという。「『カッコーの巣の上で(One Flew Over the Cuckoo's Nest)』のジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)や『狼たちの午後(Dog Day Afternoon)』のアル・パチーノ(Al Pacino)がそうだ。彼らの見事な演技を見ると、特別な何かが作用していると感じるんだ。ヒースも同じだった。まるで超越してしまったような演技なんだ」

■ノーラン監督「求めていたのは繊細な不敵さ」

『ダークナイト』でメガホンを取ったクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督は、繊細で神経質という難しい演技で定評のあったレジャーだからこそ、ジョーカー役に抜擢したと明かす。「ジョーカー役に求めていたのは、何物をも恐れない不敵さだ。既成概念を打ち破るような役者を探していた。だから、レジャーにも大役を恐れず演じることが必要だった」

 しかし、レジャーは見事に期待に応えたという。「ヒースはまったくオリジナルのジョーカーを生み出した。その演技は観客を圧倒するだろう」

 一方、オールドマンは、ジョーカーという難解な役を引き受けたことが、レジャーの死の一因になったとの見方には懐疑的だ。

「人間は話を悲劇的に仕立て上げたがるものだ。『レジャーは役にとりつかれていた』、『彼はジョーカーに屈服した』、『彼は不眠症だった』なんてね。でも本当のレジャーは、撮影の合間に道路脇に腰掛けてタバコを吸い、微笑みながら娘のマチルダ(Matilda)の話をしてくれた」と明かすオールドマンは「ただ、ひたすら美しくすごいヤツだった」とレジャーを惜しむ。「彼に対しては心から親しみを感じていた。彼を表現するのに、カリスマという言葉では足りない。まったく新しい言葉が必要だよ」

■故人のオスカー、ありえぬことではない

 一方、映画専門家らは、レジャーの故人ノミネートは実現するものの、これから相次いで公開されることになるオスカー候補作品を見なければ受賞は不明だと慎重に構えている。

「マキシム(Maxim)」誌の映画評論家ピート・ハモンド(Pete Hammond)氏は「今の時期、人々はまだオスカーの話題となるネタを探しているだけだ。現時点ではヒース・レジャーの故人受賞の可能性は高いといえるが、今後どんな作品が公開されるかで、可能性は違ってくる」との考えだ。

 しかし、ハモンド氏も「故人のオスカー受賞は難しいことだが、あり得ないことではない」と語る。「ヒースに好意を持つ人は多いからね。彼のために何かできる最後のチャンスと思って、ヒースの演技を見るだろうし、確かに彼はオスカーに値する俳優だ」。(c)AFP