ドキュメンタリーの巨匠アルバート・メイスルズ、フィクションと真実とのあいまいさに苦言 - 米国
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【ロサンゼルス/米国 9日 AFP】80歳という年齢で、半世紀もの間革新的な映画を撮り続けてきたアルバート・メイスルズ(Albert Maysles)は、まさにドキュメンタリーの王と言えるだろう。
マイケル・ムーア(Michael Moore)監督がまだ1歳だった1955年、メイスルズはカメラを手に「鉄のカーテン」をくぐり旧ソ連の精神病院の撮影を行った。
この時の作品「Psychiatry in Russia」は、その後弟の故デヴィッド・メイスルズ(David Maysles)と共に20世紀の米国映画界を代表する人物の地位を確立するメイスルズの活躍の前兆となる映画となった。
メイスルズ兄弟は「シネマヴェリテ(cinema verite)」と呼ばれる手法の先駆者となり、脚本やセット、インタビューやナレーションなしにテーマを描く最初の製作者の一人となった。
メイスルズの最も有名な作品は1970年のローリング・ストーンズ(Rolling Stones)のドキュメンタリー「ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター(原題:Gimme Shelter)」である。この作品は、ストーンズのファン4人が死亡する悲劇を生み出した1969年のオルタモント・スピードウェイ(Altamont Speedway)でのコンサートの模様を撮影している。
■編集などにより偏った見識を持つ映画に懸念
メイスルズは12日に行なわれる映画芸術科学アカデミー(The Academy of Motion Picture Arts and Sciences)のイベントを前に、最近のドキュメンタリー復活の現象には驚いていないと語っている。
しかし、監督の編集などにより偏った見識を持ってしまう数多くの映画には懸念を抱いているという。「真実を語り、客観的なやり方でドキュメンタリーを作るというより、物事をコントロールしようとして映画を製作することは悲しいことです。」とメイスルズはAFPのインタビューに対し、こう語っている。
「アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)は美しい言葉を残しています。『長編映画では、監督は神だ。ノンフィクション映画では、神が監督だ』と言ったのです。」
「華氏911(Fahrenheit 9/11)」のムーア監督について批判的だったメイスルズは、事実とフィクションの境界線をぼかしてしまう映画が多く製作されることを心配しているという。
「奇妙なのは、このあいまいさを人々が誇りにしていることです。」「その映画がドキュメンタリーに分類されなければ問題ありません。しかし、ドキュメンタリーだと言うのであれば、それは間違いです。」とメイスルズは続ける。
「『ドキュメンタリーはフィクション的な現実だ』と他の監督が語るのを聞くのは不愉快です。ドキュメンタリーの役割の1つは、現実の知識を与えることなのですから。」
「だから、その映画が事実ではないとするのであれば、その知識も真実ではありません。」
心理学者としての教育を受けていたメイスルズは、旧ソ連との核戦争が現実味を増して人々を恐れさせていた冷戦の最中の1950年代に映画の世界に入った。
ロシアの一般人がどのような生活を送っているかを米国人に伝えたいとの願いから、メイスルズは旧ソ連に入り精神病院の実態を撮影した。
「旧ソ連が最高潮にあった1955年、あまりにも簡単に戦争に突入してしまいそうなことをとても悲しく思いました」とメイスルズは当時を振り返る。「しかし、ロシア人が米国人と同じような人間だということを見せることができれば、戦争を始めることは困難だろうと思ったのです。そして実際、映画には普通の人しか出てきません。そんな国に爆弾を落とすなんてできないでしょう。」
メイスルズは同様に、2003年のイラク開戦前における、イラクの人々に関する情報の不足が戦争を後押ししたと主張する。「イラクに爆弾を落とすのはとても簡単でした。なぜなら、身近にイラク人がいなかったからです。」
「さらに、イランに対しても私たち米国人がイラン人という人々を実際に知らなければ、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領が軍事行動を起こすのはとても簡単でしょう」と話す。
■非営利団体の設立と新作映画製作
メイスルズは2005年に、機会に恵まれない人に映画製作のトレーニングや見習い実習の場を提供する非営利団体であるメイスルズ協会(Maysles Institute)を設立している。
またニューヨークを拠点に活動するメイスルズは、今でも映画製作に積極的に携わっており、現在列車で旅する人々を追ったドキュメンタリーを製作中である。この映画についてメイスルズは「この映画を撮る意図は、目的地にたどり着いた人々が何を行なうのかについて、一般の人々のストーリーを描くということです。」と話している。
写真は、女優ジェシカ・ラング(Jessica Lange)の功績を称える、フィルム・ソサエティ・オブ・リンカーン・センター(Film Society of Lincoln Center)主催のイベントに登場したメイスルズ。(c)AFP/Getty Images Paul Hawthorne
マイケル・ムーア(Michael Moore)監督がまだ1歳だった1955年、メイスルズはカメラを手に「鉄のカーテン」をくぐり旧ソ連の精神病院の撮影を行った。
この時の作品「Psychiatry in Russia」は、その後弟の故デヴィッド・メイスルズ(David Maysles)と共に20世紀の米国映画界を代表する人物の地位を確立するメイスルズの活躍の前兆となる映画となった。
メイスルズ兄弟は「シネマヴェリテ(cinema verite)」と呼ばれる手法の先駆者となり、脚本やセット、インタビューやナレーションなしにテーマを描く最初の製作者の一人となった。
メイスルズの最も有名な作品は1970年のローリング・ストーンズ(Rolling Stones)のドキュメンタリー「ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター(原題:Gimme Shelter)」である。この作品は、ストーンズのファン4人が死亡する悲劇を生み出した1969年のオルタモント・スピードウェイ(Altamont Speedway)でのコンサートの模様を撮影している。
■編集などにより偏った見識を持つ映画に懸念
メイスルズは12日に行なわれる映画芸術科学アカデミー(The Academy of Motion Picture Arts and Sciences)のイベントを前に、最近のドキュメンタリー復活の現象には驚いていないと語っている。
しかし、監督の編集などにより偏った見識を持ってしまう数多くの映画には懸念を抱いているという。「真実を語り、客観的なやり方でドキュメンタリーを作るというより、物事をコントロールしようとして映画を製作することは悲しいことです。」とメイスルズはAFPのインタビューに対し、こう語っている。
「アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)は美しい言葉を残しています。『長編映画では、監督は神だ。ノンフィクション映画では、神が監督だ』と言ったのです。」
「華氏911(Fahrenheit 9/11)」のムーア監督について批判的だったメイスルズは、事実とフィクションの境界線をぼかしてしまう映画が多く製作されることを心配しているという。
「奇妙なのは、このあいまいさを人々が誇りにしていることです。」「その映画がドキュメンタリーに分類されなければ問題ありません。しかし、ドキュメンタリーだと言うのであれば、それは間違いです。」とメイスルズは続ける。
「『ドキュメンタリーはフィクション的な現実だ』と他の監督が語るのを聞くのは不愉快です。ドキュメンタリーの役割の1つは、現実の知識を与えることなのですから。」
「だから、その映画が事実ではないとするのであれば、その知識も真実ではありません。」
心理学者としての教育を受けていたメイスルズは、旧ソ連との核戦争が現実味を増して人々を恐れさせていた冷戦の最中の1950年代に映画の世界に入った。
ロシアの一般人がどのような生活を送っているかを米国人に伝えたいとの願いから、メイスルズは旧ソ連に入り精神病院の実態を撮影した。
「旧ソ連が最高潮にあった1955年、あまりにも簡単に戦争に突入してしまいそうなことをとても悲しく思いました」とメイスルズは当時を振り返る。「しかし、ロシア人が米国人と同じような人間だということを見せることができれば、戦争を始めることは困難だろうと思ったのです。そして実際、映画には普通の人しか出てきません。そんな国に爆弾を落とすなんてできないでしょう。」
メイスルズは同様に、2003年のイラク開戦前における、イラクの人々に関する情報の不足が戦争を後押ししたと主張する。「イラクに爆弾を落とすのはとても簡単でした。なぜなら、身近にイラク人がいなかったからです。」
「さらに、イランに対しても私たち米国人がイラン人という人々を実際に知らなければ、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領が軍事行動を起こすのはとても簡単でしょう」と話す。
■非営利団体の設立と新作映画製作
メイスルズは2005年に、機会に恵まれない人に映画製作のトレーニングや見習い実習の場を提供する非営利団体であるメイスルズ協会(Maysles Institute)を設立している。
またニューヨークを拠点に活動するメイスルズは、今でも映画製作に積極的に携わっており、現在列車で旅する人々を追ったドキュメンタリーを製作中である。この映画についてメイスルズは「この映画を撮る意図は、目的地にたどり着いた人々が何を行なうのかについて、一般の人々のストーリーを描くということです。」と話している。
写真は、女優ジェシカ・ラング(Jessica Lange)の功績を称える、フィルム・ソサエティ・オブ・リンカーン・センター(Film Society of Lincoln Center)主催のイベントに登場したメイスルズ。(c)AFP/Getty Images Paul Hawthorne