【2月18日 MODE PRESS】念願のフレンチでディナーしたり、地元の居酒屋で常連さんと飲んだり、お気に入りのバーで食後酒を楽しんだり。あるいは、ワイン会や試食会といったイベントに参加してみたり。そんな様々な食のシーンを渡り歩きながらも、ふと思うこと――それは、最終的に我々が求めているものは「アート」ではないか、ということです。もちろん、食には色々な役割があり、安堵感をもたらしてくれる食卓も、我々には必要不可欠です。ただ、飲食店において感性が呼び覚まされるのは、店の設えやお皿や料理、若しくはサービスに対し、ある種の芸術性を垣間見たときではないでしょうか。

 レストランという舞台に臨むとき、人は意識的にも無意識的にも、今宵のテーブルをイメージしているはずです。例えば、「今日あたりはもう春食材が出てくるかもしれないな」とか、「乾杯はソムリエさんにすすめてもらったシャンパーニュにしよう」とか、「デセールはスペシャリテのブランマンジェかな」とか――。 このように、多少なりとも心の中で、その店での体験を予測しています。しかしそこで、想像を絶するプレゼンテーションがなされたとき、ゲストは感動と共にアートを見るのです。

 何を「アート」と感じるかは人それぞれですが、最近 琴線に触れた、私にとってのアーティスティックなレストランを、ちょっとご紹介したいと思います。

―TSU・SHI・MIという芸術

 松見坂にあるフレンチレストラン「TSU・SHI・MI」は、オーナーシェフである都志見セイジ氏が「ミラヴィル」から名前を変え、新たな試みで挑んでいるフレンチレストラン。「日本の野菜を知る。そして愉しむ」をコンセプトに、オリジナリティ溢れる野菜料理をコース仕立てで提供します。肉や魚も登場しますが、あくまでも主役は野菜。立派な金目鯛も希少な鳩も、ここではガルニチュール(付け合わせ)という存在として、野菜料理を引き立てます。

 メニューを見ると、ユニークなネーミングの品々が並んでいますが、どんな料理が登場するのかは全く想像がつきません。例えば、「お皿の上で狂喜乱舞する小さな巨人たち」という一皿。こちらは、岩手、長野、千葉、広島……など、日本の様々な産地よりシェフが厳選した40種以上もの野菜を使ったスペシャリテ。素材それぞれの個性溢れる表情が白地の皿に鮮やかに際立ち、目にも美しい逸品です。そして味わいは、大地の滋味に満ちています。食してみると確かに、その野菜たちは心躍らされるような喜びのエネルギーに溢れているのが分かります。

 一方、「奥尻の鬼海老に驚愕したみちのくのなべ葱」という料理は、葱の青い部分でソースを作り、白い部分は香ばしく焦げ目をつけ、一本丸々あますことなく使います。その旨みを引き出す鬼海老もミソから卵まですべての部位が駆使され、葱に寄り添います。素材を決して無駄にしない都志見シェフの哲学がこの一皿に凝縮されていると言えるでしょう。シェフの野菜に対する畏敬の念とストイックさには、ゲストも“驚愕”させられます。

 TSU・SHI・MIの芸術性は、料理のみならず、カトラリーやメニュー、内装など、至るところで表現されています。奥の壁一面には、シェフが描いたモダンなテクスチャーが掲げられ、独特の存在感を放っています。作品名は「壁の中の妄想」。グレーと白、二色のモノトーンの配色かと思いきや、実は4つの色味が隠されているというから不思議です。一方、ワインリストに描かれている、シェフ自作の可愛らしい絵画は、我々をふと懐かしい気分へ誘ってくれます。同店ならではの斬新さと懐かしさの妙――それが、訪れる人の心を掴んでやまないのかもしれません。

 その他にも店内の作品を上げればキリがなく、練金作家の尾崎悟氏によるプレートや、彫刻家の長江重和氏による白磁の照明カバーなどが揃っていて、まるで店そのものが美術館のよう。しかも目で見て愛でるだけでなく、皿の上の芸術を実際に味わうことができるなんて! こんなにも贅沢に五感が刺激させられる場所が他にあるでしょうか!?

―レストランは総合芸術

 レストランはアートの宝庫であり、素晴らしい総合芸術です。外観や内観、什器やカトラリー、お皿や料理、ワインやグラス、そしてサービス。店から供されるすべてのものが「作品」であり、そこに感性や想い、そして挑戦が込められることにより、その店舗の魅力や個性へと繋がっていきます。一方、享受する側のゲストも、それらを味わうためのある程度の礼儀と感度は必要。店の作品に馴染めるような服装や作法、更には会話術を身に着けて食事に臨みたいものです。

 さて。今宵は五感を研ぎ澄ませるよう、意識しながらディナーのひとときを過ごしてみましょう。今までは気づかなかったアーティスティックなプレゼンテーションに、気持ちがふと揺さぶられるかもしれません。【瀬川あずさ】

プロフィール:
聖心女子大学卒業後、施工会社の秘書を務め、飲食店の企画、設計、施工業務に携わりながら、レストラン巡りに没頭する。その後趣味が高じて、フードアナリ ストならびにワインエキスパート資格を取得。現在は、記者・ライター業、ワインスクール講師、飲食店メニュー開発などを務め、食を通じた豊かなライフスタ イルを提案するべく活動中。
(c)MODE PRESS

【関連情報:東京ファッショナブルレストラン】
第1回「色で遊ぶレストラン」
第2回「ネイルとカトラリーの親密な関係」
第3回「ツイードとレザーで選ぶフレンチ」
第4回「クリスマスこそ、極上和食を!」
第5回「食とファッションが求める“軽やかさ”の定義」

<MODE PRESS特別講義>最旬!マリアージュ論

<インフォメーション>
瀬川あずさ オフィシャルブログ
TSU・SHI・MI公式サイト