【1月10日 MODE PRESS】年が明けたが、話題は前回の続きで、高級ブランドの未来はどうなるのか? 業界紙などが報じている欧米系リサーチ会社の予測では、今年以後の売上高はそこそこ明るい見通しだとのこと。だが挙げられている限りでいえば、その理由は説得力に欠ける。「でも原発は安全です」とか安倍政権の“3本の矢”の経済政策とかと同じくらいの確かさしか感じられないのだ。

 “明るい”理由の一つは、新興国のマーケットが今後も拡大し続けるとの予測だ。ここ数年の中国やインド、ロシア、最近はインドネシアやタイも有望市場なのだという。こうした国々は、低賃金を武器にした安い製品やサービスの大量輸出で経済成長していることが共通した特徴だ。そして、それによって得た利益が金融や不動産のバブルを引き起こし、国民全体ではほんの一部でしかない高級ブランドの購買層を生み出している。ということ自体は事実だ。

 だが、ちょっと冷静に考えてみれば、こんな“成長”の可能性への疑問符はいくつも出てくる。新興マーケットの国々の総人口は軽く20億を超えている。それが、たとえば日本のように高級ブランドの購買層が「大衆化」するほどの中間層が出現するような経済規模になれば、地球の資源や自然環境は確実に破滅するしかない。欧米や日本のような一部の経済先進国が、世界の多くの国々の犠牲の上で経済成長できた20世紀後半の時代とは今は分けが違うのだ。

 もう一つの理由は、高級ブランドの時計やジュエリーが先進国も含めてよく売れていること。服やバッグ・小物類と比べてぐっと高価なので、売上高の増加には一時的な効果があるだろう。各ブランドはこのところこの部門の商品開発やデザインに力を入れているが、こうした超高額商品を買える顧客は世界でもほんの一部の層でしかない。プレタの服や小物類で世界にマーケットを広げてきた高級ブランドのビジネスモデルが、こんなカンフル剤のような効果で今後も“明るい”状態を続けられるとは思えない。

 二つの理由はどちらも、かなり限られた顧客層がその前提になっている。だが、それはプレタポルテという広い顧客層をねらったイメージ商品によってビジネスを拡大した20世紀後半以後の高級ブランドの基本戦略とは相いれない、たとえばアクセルとブレーキを同時に踏むような無理筋のやり方だというほかない。こんな状態が“明るい”などとはとても言えないはずなのだ。

 では、どうすればよいのか? とはいえ、答えが簡単に見つかるわけではない。ただ言えることは、迷路と同じで、道が行き詰ったら原点に立ち返ることが実は最も有効なやり方だ。といっても、そっくり昔の姿に立ち戻ることはできるはずはない。また、もう10年以上も繰り返してきた、デザインソースとしてだけアーカイブを見直してみるという「歴史主義」的なやり方でももちろんいけない。立ち返るべきことは、そのブランドがかつては時代を画する革新性があったこと、そしてそのスタイルがはまって生きながらえてきた過程で獲得した洗練された美しさを見つめ直すことなのではないか、と思う。

 まあ、そうは言っても、答えを見つけるのはやはり難しいだろう。とりあえず、いまあるブランドのやり方で少しでも可能性が感じられる例を挙げるとすれば・・・。たとえばエルメス(Hermes)やカルティエ(Cartier)のように、あくまで高級品としての作り方にこだわり、無理な売上増や顧客拡大を目指さない姿勢がその一つ。あるいは、スーツのジェンダー的なイメージを変えたエディ・スリマン(Hedi Slimane)や、前衛性を貫いたマルジェラブランドをそれぞれオートクチュール的な位置におきなおしたサンローラン(Saint Laurent)やディーゼル(Diesel)の手法も面白いかもしれない。

 一方で、これまでの高級ブランドにはもう未来はない、だからストリートやファストファッションに今後のファッションの可能性を見いだそうとの声もあるだろう。だが一方で、高級ブランドを中心とした近・現代ファッションが多くの人を魅了するようなときめきや洗練された美しさを生み続けてきたことも否定できない。その意味では、ストリート系のブランドはまだ当分足元にも及ばないことも事実なのだ。【上間常正】

プロフィール:
1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として 海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリスト としても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。
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