【12月22日 MODE PRESS】新宿の伊勢丹本店の大改装が話題になっている。11月に三階フロアを全面リニューアルし、来年春には全体のリニューアルが完成し、「ファッションミュージアム」として生まれ変わるのだという。その伊勢丹新宿本店店長の中陽二氏が、この大改装の意図をこのように語っている。

「これまで“ファッションの伊勢丹”としてやってきましたが、時代が変遷して、今は衣食住が単体で動くのではなく、ライフスタイルを提案していかなくてはならないと。」(『WWD MAGAZINE』 2012冬号)

 ライフスタイルの提案を大きく謳いだしたのは百貨店だけではない。セレクトショップもそちらに舵を切ろうとしている。『WWD JAPAN』の「セレクトショップが業態の柱となる開発を本格化」(2012年12月17日号)という記事で次のように書かれている。

「セレクトショップにとって、2012年は分水嶺の年だった。昨年3月の東日本大震災や放射能汚染問題などの後遺症がくっきり残る中、人々のマインドや生活スタイルは実に大きく変わった。ファッション衣料よりもファッション雑貨や生活雑貨、深夜の飲酒やクラブよりも、朝食会やパワーランチ、夜カフェ、ピンヒールよりもオペラシューズや厚底シューズ、先物買いよりも実需買い、ブランドものよりも自分のセンス、背伸びよりも等身大、モノよりも経験など、価値観や行動も変わった。特に感度の高いアドバンス層やアーリーアダプター層などを主要顧客とするセレクトショップへの影響は大きい。相次ぐ飲食店業態の開発は、“ご愛嬌”の範囲。事業というよりも、ライフスタイルの一環としての雰囲気作りに一役買っている。一方、ビームスやアーバンリサーチのSC向けSPA型ストアの開発は、郊外、そして懸案の海外進出の突破口となる可能性もあり、社運を掛けたプロジェクトでもある」

 このように百貨店もセレクトショップの、ライフスタイル化に社運をかけていることがよくわかる。

■トレンドなんかどうでもいいという気分がトレンド

 日本のセレクトショップの代表である、ビームスの商品統轄本部レディーズ本部のチーフバイヤー、佐藤幸子氏が『WWD JAPAN』の「気分は西海岸」特集(2012年11月26日号)で、バイヤーとしての今の気分をこう語る。

「サンフランシスコを訪れ、着るものよりも、生活を楽しんだり気持ちよく暮らしていることの方が、カワイくてステキに見える、という、ライフスタイル=ファッションという図式が見えた。特にサンフランシスコはロサンゼルスに比べて都会でファッションももっと洗練されているし、知性を感じた。道で老人と若者が難しい顔をして話し込んでいたり、行列に並んでもおいしいレストランで食事したり、妥協せずに丁寧に暮らしている。まさにクオリティー・オブ・ライフの感じがした。日本にはモノがたくさんあって便利だけど、丁寧にモノやコトを選ぶというチョイスが難しい。(略)今、社内のスタッフには“もう、服がメインでなくてもいいのよ” “体系も顔も違うのだから、似合うものも違うんだし、はやっているから着るなんてことはしなくていいよ”と伝える。ただトレンドなんてどうでもいいと思うけど、その気分そのものがトレンドかもしれない」

■衣服からライフスタイルの産業へ

  既にこの連載で述べてきたように、ファッション衣料がそれほど重要ではなくなる社会が到来しつつある中で、ファッション産業(流通業を含む)は、衣料の製造、販売だけでは維持できなくなりつつある。服からライフスタイルへという掛け声は、そういう余力が出てきたわけではなく、そうしないと生き残れない切実さが現れている。

 しかし、服からライフスタイルへと移行することによって、商材の幅も広がり、お店の形態も多様になる。そこで現在のファッション関係者が期待しているように、服を軸としたライフスタイル産業として発展するということへの保証は、実はどこにもない。それどころか、僕は残念ながら服はその中心にならないだろうと考えている。もちろん、服を軸に成功するライフスタイル・ブランドやお店も出ることは予想される。しかし、それは主流にはならないのではと。

 なぜなら、欧米の先進都市——今年はニューヨーク、サンフランシスコ、ロンドンに訪れた個人的経験に基づいて言うが―—において、ライフスタイル・ショップと呼ばれるお店の中心は服ではないからだ。ではその中心は何かというと、食だ。食文化といったほうが適切かもしれない。カフェやコーヒースタンドを併設することが多く、さらに食材や食器の販売など、ライフスタイル・ショップと呼ばれる形態の店の中心は食にまつわることが占めている。「何を着るか」よりも、「どこで、誰と、何を食べるか」がより大きな関心事になっていることを感じる。

■ライフスタイル・マガジンの中心は食

 またライフスタイル・マガジンと呼ばれる雑誌が世界各地で続々創刊されている。ファッション誌でもインテリア雑誌でも食の雑誌でもない、それら全体を扱い、ある明確なライフスタイルを提示するものがこう呼ばれている。海外では西海岸を拠点にする『Kinfolk』、ブルックリンのコンフォート・フード・レストラン、マーロー&サンズのオーナーが発行する『Dinner Journal』、ニューヨークで創刊されたばかりのアメリカのクラフトマンシップある生活を提案する『Atlas Quarterly』、西海岸の女性ふたりのブログから発展した『3191 Quarterly』、オーストラリアのアウトドアなテイストを持つ『Smith Journal』、スペインを拠点に世界中のクリエイティヴィティ溢れるライフスタイルを伝える『Apartamento』、カナダの食を軸としたライフスタイル誌『AQTASTE』等々、新しく創造的で、しかも消費主義的ではない生き方を提案する雑誌が次々と生まれている。そして、これらのライフスタイル・マガジンの中心的題材としても、ファッションは柱になっていない。主な題材は食となっている。

 これらの中でも最も世界中の雑誌好きから注目を集めている『Kinfolk』は、ファッションネタは一切なく、モデルも登場しない。彼らの態度を見ているとまるで『ヴォーグ』的な価値観に異議を唱えようとしているように思える。「21世紀の都市のライフスタイルにラグジュアリーなファッションなんかいらない」とでも宣言しているかのように。

 では、ファッション産業が「ライフスタイルへ!」と合唱している中、しかも欧米のライフスタイル・ショップやライフスタイル・マガジンがファッションをメインに扱わない中で、どうファッションは生き残れるのか? もちろん、ヒトは服を着る動物である以上、ファッション産業が時代の先端を今後も走り続けられるかどうかは置いておくと、今後も服の産業は必要不可欠なものとして存続するだろう。しかし僕が思うに、より良くサヴァイヴするためには、コモディティ化とユーティリティ化、そして宗教化のいずれのどれかに特化するしかないのではと考えている。(第五回に続く)

【菅付雅信】 プロフィール  編集者。1964年生まれ。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。編集した本では 『六本木ヒルズ×篠山紀信』、北村道子『衣裳術』、津田大介『情報の呼吸法』、グリーンズ『ソーシャルデザイン』など。現在フリーマガジン『メトロミニッツ』のクリエイティヴ・ディレクターも務める。連載は『WWD JAPAN』『コマーシャルフォト』。著書に『東京の編集』『編集天国』『はじめての編集』がある。 (c)MODE PRESS

【関連情報】 過去の記事はこちら
第1回「ソーシャルメディアは見栄を殺す」
第2回「ファッションはもはや“速い言葉”ではない」前編
第2回「ファッションはもはや“速い言葉”ではない」後編
第3回「イメージ優先の社会から中身化する社会へ」
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