セックスシンボルから「がんと闘う活動家」へ、A・ジョリーの半生
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【5月16日 AFP】世界のセックスシンボルにして6人の子どもを持つ母、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の特使でありながら体にはタトゥー、ゴシップ誌は常に彼女を追い回す──米女優アンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie、37)が世間の注目を避けようとしたことは一度もなかった。
だが、ハリウッドのトップスターであるアンジー(アンジェリーナ・ジョリー)が、両乳房の乳腺を切除したという衝撃の告白をしたときほど、各紙が大きな見出しで取り上げたことは、かつてなかっただろう。
「人生には多くの困難がつきもの。そのなかで恐れるべきでないものは、自ら受け入れ乗り越えられるものだ」とアンジーは14日、米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)への寄稿文のなかで語っている。
サングラス姿でパートナーのブラッド・ピット(Brad Pitt)や6人の子どもたちと共に過ごすプライベートシーンを激写されるアンジーは、まさに王族並みのハリウッドセレブ。生まれたその瞬間から、脚光を浴びることを運命づけられていたかのようだ。
■俳優一家からハリウッドのトップスターへ
1975年6月4日、アンジーはロサンゼルス(Los Angeles)で生まれた。母親は女優のマーシェリン・バートランド(Marcheline Bertrand)。2007年に卵巣がんで56歳の若さで死去している。父親はアカデミー賞(Academy Award)受賞俳優のジョン・ヴォイト(Jon Voight)。アンジーは1982年に父親と共演した『大狂乱(Lookin to Get Out)』で銀幕デビューを果たしている。
だがアンジーの女優としてのキャリアが本格的に始動したのは、1993年の『サイボーグ2(Cyborg 2)』だ。引き続き『第一目撃者(Without Evidence)』、『サイバーネット(Hackers)』にも出演。『サイバーネット』では、1人目の夫となる英俳優のジョニー・リー・ミラー(Jonny Lee Miller)と出会っている。
アンジーの演技は徐々に注目を集め始めていたが、高い評価を得るようになったのは2本のテレビ映画、1997年の伝記ドラマ『ジョージ・ウォレス/アラバマの反逆者(George Wallace)』と、スーパーモデル、ジア・キャランジ(Gia Carangi)の人生をもとにした1998年の『ジーア/悲劇のスーパーモデル(Gia)』だった。この2本で、アンジーはゴールデングローブ賞を相次いで受賞した。
1999年にはコメディ『狂っちゃいないぜ(Pushing Tin)』に出演。同年の『ボーン・コレクター(The Bone Collector)』ではデンゼル・ワシントン(Denzel Washington)と共演している。だが、流星のごとくスター街道を駆け上がることになったのは同年の米映画『17歳のカルテ(Girl, Interrupted)』だ。アンジーは精神医療施設のリーダー格的な少女を演じ、アカデミー助演女優賞を受賞した。
同時に、それはゴシップ誌がアンジーを追いかける始まりでもあった。アンジーは自分はバイセクシャルだと宣言したり、2人目の夫、ビリー・ボブ・ソーントン(Billy Bob Thornton)の血液を入れた小びんを首からぶら下げるなどの奇行で、ゴシップ誌のコラムニストらを喜ばせた。
さらに『トゥームレイダー(Lara Croft: Tomb Raider)』(2001年)では、ビデオゲームのヒロインをピチピチのTシャツにショーツ姿で演じた。新たなセックスシンボルの誕生だ。アンジーは雑誌の表紙を独占することになる。
その後、アンジーは『Mr.&Mrs. スミス(Mr & Mrs Smith)』(2005年)でブラッド・ピットと共演。2人は恋に落ち、アンジー1人だけでなく、ピットとアンジー2人に注目が集まる「ブランジェリーナ」現象が生まれた。
■6人の母、慈善活動家としての顔
2度の結婚と離婚を経たアンジーは2002年、自身の最初の子どもとしてカンボジアからマドックス(Maddox)君を養子に迎えた。
2006年には、メディアの注目を逃れナミビアでピットとの第1子となるシャイロ(Shiloh)ちゃんを出産。2008年には男女の双子ノックス・レオン(Knox Leon)君とビビアン・マーシェリン(Vivienne Marcheline)ちゃんをもうけた。強力なセレブカップル「ブランジェリーナ」はさらに、ベトナムからパックス(Pax)君、エチオピアからザハラ(Zahara)ちゃんを養子に迎えている。
また、慈善活動にも多くの時間を割いてきたアンジーは、2011年から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使を務め、2012年には特使としてシリアからコンゴ民主共和国、ルワンダまで世界各地の難民キャンプを訪問した。人道的活動は自分を「より良い人間」に変えてくれたと語るアンジーは、ピットとともに数百万ドルを慈善活動に寄付している。
■映画出演続け、監督デビューも
母親として、また慈善活動家として活躍する一方で、アンジーは映画への出演も意欲的に続けてきた。『マイティ・ハート/愛と絆(A Mighty Heart)』(2007年)、『ウォンテッド(Wanted)』(2008年)に出演し、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)監督の『チェンジリング(Changeling)』(2008年)では主演女優としてアカデミー賞にノミネートされた。
2011年の『最愛の大地(In the Land of Blood and Honey)』で、アンジーは監督デビューを果たす。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中に起きた女性への組織的レイプを描いた映画で、アンジーは映画の力で和解をもたらしたかったと語っている。
近年のアンジーは、アニメ映画『カンフー・パンダ(Kung Fu Panda)』とその続編に声の出演をしたり、アクション映画『ソルト(Salt)』など映画への出演は続けているが、出演本数は制限しているようだ。(c)AFP/Rob Woollard