【ロンドン/英国 23日 AFP】ロンドン市内のサヴィルロー(Savile Row)と呼ばれる通りには、200年以上続く老舗テーラーメゾンが建ち並ぶ。しかしここ数年、サヴィルロー周辺に多くのアパレルチェーン店が進出したことで賃料が一気に高騰したことにより、老舗テーラーが窮地に立たされている。


■多くの文化人や著名人たちに愛されてきたサヴィルロー通り

 約200年前から現代にいたるまで、イギリス男性の多くはサヴィルローでスーツを仕立ててきた。チャールズ皇太子も、俳優のケーリー・グラント(Cary Grant)も、ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)元首相も、足繁くスーツを仕立てに通ったという。多くのショップは週末に店を閉め、予約制で顧客のオーダーに応える。オーダーメードスーツも、カスタムスーツも、各店舗で裁断から縫製までを丹念に製作される。仕立て料金は少なくとも1着2千ポンド(約48万円)程度かかる。高度なテーラリング技術は、決して安いものではない。


■アパレルチェーン店の進出により撤退する老舗テーラーも続出

 ここ数年の間で、通りにはアバクロンビー&フィッチ(Abercrombie&Fitch)やエヴィス・ジーンズ(Evisu Jeans)のようなアパレルチェーン店が周辺に進出してきたことで、サヴィルローの賃料が高騰し、店舗の種類が変化してきた。テーラーメゾン‘Chittleborough and Morgan’のジョセフ・モルガン(Joseph Morgan)氏は、近年何度も立ち退きの危機に陥ったという。「悲しいことに、他のテーラーの中には商売から撤退してしまった店あります。賃料が高いですからね。また、テーラードスーツを仕立てるには、大変な労力と集中力が必要です。なので、現在はスーツのオーダーを中止し、シャツ、ネクタイ、靴などの小物のみを取り扱っている店も多いです。」


■約100店舗のテーラーメゾンが一年間に制作するスーツは7,000着

 しかし、多様化する既製服に飲み込まれてしまうことは、自分のポリシーやイデオロギーを手放すことと同じだとモルガン氏は語る。サヴィルローの伝統的なテーラービジネスは、ニッチ産業のひとつである。約100店舗のテーラーメゾンが、一年間に制作するスーツの数は7千着。年間売上高は、約2,100万ポンド(約50億円)で、一店舗あたりの勤務人数は10人以下だ。だが、賃料の高騰により、黒字を維持していくことが困難となる店舗もでてきた。これについて、ウエストミンスター市議会議員は、「不動産会社は、土地を有効利用し最大限の利益を得ようとしています。しかし、その犠牲になるのはテーラーメゾンなのです」とコメント。


■この10年で57%の賃料アップ

 例えば、通りで最大のテーラーメゾン、ハーディ・エイミス(Hardy Amies)がショールムとオフィスを構えるビルの1階の賃料は1㎡につき245ポンド(約6万円)で、2階の賃料は1㎡につき107ポンド(約2万5千円)だという。対照的に、数件先に軒を連ねるテーラーメゾン以外の店舗の家賃は最低でも840ポンド(約20万円)だという。また、テーラーメゾンとの賃貸契約が終了した家主が、土地を細かく分割して他の借り主に貸し、より多くの賃料を得ようとするケースも多く見られる。

 サヴィルローの不動産自由保有権の半分を所有する会社ポーレン・エステート(The Pollen Estate)は、「サヴィルローの賃料のみが急高騰した訳ではない」とコメント。ここ10年間で、サヴィルローの賃料は57%上昇。しかし、72%上昇したオックスフォード・ストリートや、125%上昇したボンド・ストリートと比較するとそれは仕方がないことだと主張する。不動産会社は、通りに店を構えるテーラーメゾンに「通り全体でより活性化に取り組み、いつまでも存続していってほしい」と期待する。不動産会社の資産アドバイザーを務めるマイク・ジョーンズ(Mike Jones)氏は、「新店舗によって、サヴィルローに新たな客層が加わることで、ビジネス全体にも活気がでるのではないでしょうか」と語る。


■売り上げを重視する一方で伝統も守りたい・・・

 また、ジョーンズ氏は、「広告一切無しのサヴィルローが、一体いつまで生き残ることが出来るのだろうか。通りすがりに立ち寄ることができるような気軽さの演出を拒否し続けて、それが売上に繋がるのでしょうか。ただ、顧客が訪ねてくるのを待つだけで、いつまでもその存在を認識してもらうことができるのでしょうか。」と疑問を投げかける。しかし、最後には「テーラーメゾンは、通りの宝であり、これからも守り続けてゆくべき存在です。」とその期待を口にした。


■職人たちの言い分 – 気軽さ必要ない

 しかし、マウリス・セドウェル(Maurice Sedwell)に勤務する裁断師のドミニク・セバック・モンテフィオール(Dominic Sebag Montefiore)氏は、「通りすがりに立ち寄れるような気軽さの演出を、ビジネスの優先事項にすることはないでしょう」と言う。その代わりに、同店にはアメリカやロシア、中東、東欧からスーツを仕立てに人々が通ってくるという。さらに、セドウェル氏は「アバクロンビー&フィッチで買い物をしている人々は、我々の顧客とは異なる層なのです。彼らの顧客の99%の客は、決してテーラードスーツに高価な金額を支払ったりしないでしょう。」と続ける。


■生き残りがより厳しくなるのは否めない現状

 ポーレン・エステートは、定期的に市議会とテーラーメゾン側を含めたサヴィルロー住民の話し合いの場を設けている。それによって、何人かの家主は適正な賃料を続行するとの宣言をし、テーラーメゾン側を安心させることとなった。サヴィルローの老舗ギーブス&ホークス(Gieves&Hawkes)の最高経営者でありサヴィルローのテーラー連盟代表を務めるマーク・ヘンダーソン(Mark Henderson)氏は、実際問題として、ここ数年賃料は値上がりしているという。しかし、「先行きは明るいです。近年は、互いが合意する賃料で家主と不動産会社と契約することができています」と続ける。そして最後にヘンダーソン氏は「サヴィルローは、真心のこもったテーラードスーツをこれからもずっと提供し続けます。」と語った。

 老舗のギーブス&ホークスのように、既製服も展開している店は、ラグジュアリー市場においても生き残りが可能だろう。しかし、小規模な店舗が窮地に追いやられている現状は、今後も続く。写真は10日、ロンドンのサヴィロウ通りの老舗テーラーのMaurice Sedwellでs撮影されたもの。(c)AFP/CHRIS YOUNG