【9月29日 AFP】メキシコで前週起こった131人の集団脱獄をきっかけに、「無法地帯」といわれる同国刑務所の実情がクローズアップされている。  犯罪組織はメキシコ国内の刑務所の6割で幅をきかせているとされる。刑務所内部は暴力がはびこり、ギャングたちが牛耳り、組織勧誘の場となっていることが多い。彼らは刑務所からでも「塀の外」に向かって詐欺やゆすりをはたらき、中は中で「商売」をしたり職員を買収している。

 メキシコ全国人権委員会(CNDH)のラウル・プラセンシア(Raul Plascencia)委員長は「脱獄、けんか、受刑者たち自身による勝手な支配、職員に対する襲撃などにみられるように、ここ数年の刑務所の悪化は明らか」と訴える。

 2006年の就任以降、大規模な麻薬カルテル取り締まりを強硬してきたフェリペ・カルデロン(Felipe Calderon)大統領の任期満了まで残すところ約2か月。CNDHはメキシコの刑務所状況に関するショッキングな報告書を発表した。

■鍵持ち所内ぶらつく受刑者、正面玄関から堂々脱走も

 メキシコ国内では過去2年間だけで14件の脱獄が発生、521人が逃走した。同じ2年間に刑務所内で起きた殺人事件は352件に上る。  受刑者たちは自分の牢の中から闇市場を動かし、他の受刑者の「用心棒」を買って出、食料や携帯電話を売り買いし、果ては売春婦まで連れ込んでいた。

 CNDHでは全国419か所ある州刑務所のうち、最も混雑した状態にある100か所の視察に乗り出した。この100か所に全受刑者の75%が収監されている。

 しかし、いくつかの刑務所ではCNDHの委員が中に入ることができなかった。前週131人が脱走した米国境近くのピエドラス・ネグラス(Piedras Negras)の刑務所もその一つだ。この事件で受刑者たちは「正面玄関」から脱走しており、便宜を図った容疑で看守16人が拘束された。

 このピエドラス・ネグラスをCNDHは訪れることができなかった。当の刑務所の幹部職員らから「委員たちの安全を保障することは不可能」だと警告されたためだ。

 委員の一人、ギジェルモ・アギーレ・アギラル(Guillermo Aguirre Aguilar)氏はテレビ局ミレニオ(Milenio)に対し「いくつかの刑務所でも行ってみると、全体をまわって調べることはできないと言われた。受刑者たちが監房の鍵を持ち歩いていると言われたからだ」と明かした。 「わが国は何千万、何億といった大金を費やして犯罪と戦い、犯罪者を捕らえているのに、いったん牢に入れてしまうと彼らのことを忘れきっている。そうして、また彼らが自由になれば犯罪を繰り返す素地を生んでいるのだ」とアギラル氏は憤慨する。

 ピエドラス・ネグラスの脱獄事件の後、カルデロン大統領は自分の任期だった6年間にほぼ1000人の受刑者が脱獄したが、連邦刑務所からは1人も脱走していないと述べ、州刑務所の「脆弱さ」に非難の矛先を向けた。

 しかし、受刑者の心のケアを行う事業を率いるカトリック教会のペドロ・アレジャノ(Pedro Arellano)神父はこう反論する。「カルデロン(大統領)の発言は真実を装ったごまかしだ。何故ならば脱獄犯の大半は連邦当局に有罪を宣告されている。政府は組織犯罪を念頭に置いた刑務所を用意しないまま、『戦争』を始めてしまったのだ」

 メキシコには13か所の連邦刑務所があるが、アレハンドロ・ポワレ(Alejandro Poire)内相は2月に、連邦当局が有罪判決を下した受刑者、つまり最も危険な罪を犯した人物の約7割が収監されているのは、州刑務所だと発言している。

 また州刑務所では買収も日常的にあると、アレジャノ神父は指摘する。「看守の中には、受刑者が別の犯罪を実行するために外出して戻ってくることを許可し、金銭を分け合っている者さえいる」と言う。

■刑務所、イコール犯罪学校

 ピエドラス・ネグラスの脱獄を企んだのは、それによって構成員数の補充を狙った麻薬密売組織セタス(Zetas)だと当局ではにらんでいる。  米ニューヨーク、コロンビア大学(Columbia University)の上級研究員エドガルド・ブスカグリア(Edgardo Buscaglia)氏は「犯罪組織が刑務所制度を乗っ取り、さらなる組織犯罪を煽る弾みと原動力にしている」と警告する。

 アレジャノ神父の見解も同様だ。「メキシコの刑務所は組織犯罪にとって主要な草刈り場となっている。刑務所、イコール犯罪学校といった様相だ」 (c)AFP/Jean-Claude Boksenbaum