【9月19日 AFP】カンボジアの旧ポル・ポト(Pol Pot)政権崩壊から約30年を経て、生存している幹部の中では最も高齢のヌオン・チア(Nuon Chea)元カンボジア人民代表議会議長(82)が当局に身柄を拘束された。

 ポル・ポト時代の大量虐殺を裁くカンボジア特別法廷(Extraordinary Chambers in the Courts of CambodiaECCC)は同元議長に先立ち、カン・ケ・イウ(Kang Kek Ieu)政治犯収容所元所長を7月、身柄拘束している。

 カンボジア政府と国連が共同運営する特別法廷で、被告として裁かれる見通しの旧ポル・ポト政権主要幹部は以下の通り。

■ ヌオン・チア(82)

 1975年から79年のポル・ポト政権下でポル・ポト元首相の右腕を務めた。「クメールルージュ(Khmer Rouge)」の「ブラザー・ナンバー2(Brother Number Two)」の異名を持つ。元首相の死亡などによる同勢力の弱体化に伴い、1998年、新生カンボジア政権に投降。フン・セン(Hun Sen)首相の恩赦を受けて釈放され、北西部パイリン(Pailin)近郊の自宅で自由に暮らしていた。

 高齢に加えて健康悪化説も出ているが、ポル・ポト政権下で行われた大量虐殺では中心的役割を果たしたとされ、法廷で事実を明らかにする意向を示している。

■ カン・ケ・イウ(65)

 通称ドッチ = Duch。プノンペンにある悪名高いTuol Sleng政治犯収容所の元所長。同収容所では少なくとも1万6000人が拷問を受けた後、殺害された。ポル・ポト派に加わる以前は数学教師だった。

 特別法廷設置前の1999年から軍刑務所に収監されていたが、7月に同法廷の拘置施設に移送された。逮捕前の取材では、収容所で行われた虐待行為などに対する監督責任を認めており、進んで裁判を受ける意向だといわれる。

 特別法廷で裁かれる見通しの被告・容疑者の中では、比較的年齢は若く健康状態も良好とされる。キリスト教に改宗した。
 
■ イエン・サリ(Ieng Sary、78)

 ポル・ポト政権下の副首相。ポル・ポト元首相の義理の兄弟で、「ブラザー・ナンバー3(Brother Number Three)」と呼ばれた。

 1996年にポル・ポト派を離脱して新生カンボジア政権に投降、シアヌーク国王の恩赦を受けた。以後、首都にプノンペン在住。心臓疾患を抱えており、治療のため隣国タイのバンコク(Bangkok)を頻繁に訪れる。

■ キュー・サムファン(Khieu Samphan、76)

 ポル・ポト政権下の幹部会議長。フランスで教育を受けた急進派。ポル・ポト政権では外交も担当した。1998年、ヌオン・チア元人民代表議会議長とともに新生カンボジア政権に投降した。

 2004年、著書『Cambodia’s Recent History and the Reasons Behind the Decisions I Made(カンボジア現代史の裏で下したわたしの決断)』を執筆。この中で自身を「知識人的愛国者」と呼び、ポル・ポト政権下で行われた惨劇については何も知らなかったと弁明した。これまでに行われたインタビューでも、大量虐殺への関与を一貫して否定している。

 現在はパイリンに在住。健康状態も良好とされる。(c)AFP